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岩田 西谷監督がいたから歩めた 1型糖尿病で内定取り消し…途絶えかけたプロの道

 岩田へメッセージを送る大阪桐蔭・西谷監督
 高校野球秋季近畿大会の鳥羽戦で力投する大阪桐蔭・岩田=2000年
 15日のオリックス戦で好投した岩田
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 人は長い人生の中で、幾度となく岐路に立つ。そんな時に何を思い、感じ、行動したのか。「ターニングポイント」では、虎戦士がプロに入るまでのきっかけに迫る。第3回は岩田稔投手(35)。大阪桐蔭2年冬、1型糖尿病を発症した。内定していた就職も白紙。絶望の淵に立った時、恩師・西谷浩一監督(49)が、17歳だった岩田の夢をつないだ。

 プロに入って14年目のシーズンを迎えた。1型糖尿病のプロアスリートとしても、岩田の活躍は広く知られるようになった。昨今、1型-の認知度は広まってきたが、発症したのは20年近く前。病気を理由に、内定していた企業から断りの連絡が入った。監督の西谷浩一は、まるで昨日のことのように振り返る。

 「僕、どうしたらいいんですかって。普段、感情を表に出さないやつが、顔を真っ赤にして怒っていました」

 高校3年春だ。岩田はこの時に味わった悔しさ、見返すんだという反骨心が、プロの扉を開いたと述懐する。ただ、西谷の決断、行動なくして、その土壌を築くことはできなかった。当時、原因不明の腰痛も発症していた。セレクションでも投げることができず、進路は八方ふさがり。野球を続けるのは難しい…そんな状態だった。

 「考えよう」。岩田を勇気付けながらも悩む西谷は、母校でもある関大を候補にした。「関東なら他にもいくつかありました。ただ、食事面を考えたら、家から通える方がいい。それに母校なので私が説明できます」。だが時期が遅く、スポーツ推薦の枠は埋まっていた。それならばと、学校長に頭を下げた。

 「将来をつないでやりたいんです」。指定校推薦での進学を頼み込んだ。「岩田なら、やるんじゃないか」。学内の先生たちの声も後押しする。猛勉強も手伝って合格を勝ち取った。当時、30歳を過ぎたばかりの青年監督。初めて監督に就任したのは1998年11月で、翌99年4月に入学してきたのが岩田だった。指導経験の少なさは、寄り添い、共に歩みながら埋めてきた。

 病気を発症した2年冬のことだ。「頑張っているやつに、頑張れと言えないでしょ。それしか方法がなかったんです」。西谷は自虐的に笑うが、入院日から毎日、欠かさず病院に通った。放課後の練習終わりに、ユニホーム姿のまま。面会時間は過ぎていたが「看護師さんにケーキを差し入れて」許しを得た。

 たわいない会話に合わせて、毎日一つ、差し入れを持った。硬式球や握力強化の器具、参考書…。「本人は最後に、20キロのダンベルを持ってきたって言うんです。絶対、作り話ですよね、あいつ」。いまでは笑って話せるが、面会後は担当医を質問攻めにし、糖尿病の講習会にも参加した。毎日が必死だった。

 「正直、プロに行くのは無理だと思っていました。いい状態でも難しい世界。少しでもいい就職をしてほしい、そんな思いでした。でもね、諦めず、粘り強くやっていれば、夢はつながるんですね。もう35歳ですか。厳しい年齢なのかもしれないですけど、元々、遅咲きの人ですからね」

不思議なやつ

 第一線で戦う教え子を、西谷は「不思議なやつ」と表現する。「でも、あいつらしいんですけど…」。そう言って、岩田を形容する二つの秘話を明かした。2度の春夏連覇を含めて、7度の甲子園制覇は歴代1位。プロに在籍するOBも増え、出場する度に各地から差し入れが届く。「当然、どれもうれしいんです」。それでも…。

 「普通はみんな、業者に頼むんです。契約メーカーとかに。でも、あいつは絶対に自分で持ってきます。ホテルまで。大阪で近いのもあるでしょうが、僕はすごいと思います。律義なところですね」

 こんなこともあった。藤浪晋太郎、澤田圭佑(オリックス)と同期で、現在はホンダ鈴鹿に在籍する平尾圭太が、岩田と同じ時期に難病を患った。病名こそ違うが、励みになるのではと「時間ある時に、会ってやってくれないか」と電話で伝えると、その日のうちに病院を見舞っていた。「病気は、神様が乗り越えられる人にしか与えないんだ」。励ましの言葉とともに、グラブが添えられていた。

 名将の道を歩く男にとって、いわば原点と言える存在。岩田は20年前を笑って振り返る。

 「他に誘ってくれた高校はいくつかあったんです。それに桐蔭以外、全て甲子園に出た。でも桐蔭じゃなければ、いまここに僕はいない。ダテに桐蔭を卒業していないですから」

 関大4年時、社会人チームとのオープン戦が行われた。偶然にも、内定を取り消された企業が相手だった。6回3安打無失点で勝利。結果で見返した。反骨の精神で戦ってきた野球人生。甲子園に出られなかった3年間が、甲子園で野球を続ける道しるべにもなった。いまもマウンドに立つ度、西谷の声が聞こえるという。つながれた夢の続きを、思いを背負って歩いている。

 「オゥ?本気でやってんのか、責任を持って投げてんのか!?」-。まだマウンドに立つ理由が、ここにある。=敬称略=

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