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【私と甲子園】元阪神投手の佐野日大・麦倉洋一監督、平成初、初、初!記録総なめ

 全国高校野球選手権大会を彩ってきた元球児の阪神関係者が高校時代を振り返る「私と甲子園」。第2回は、佐野日大のエースとして1989(平成元)年大会の開幕試合を戦った麦倉洋一さん(46)=現同校野球部監督。夏の甲子園における“平成初”の記録を総なめにした一戦は、いまでも心に焼き付いているという。

 夏の甲子園では平成初勝利、平成初完封、平成初本塁打を一気に達成し、歴史に名を刻んだ麦倉さん。思い出深い試合のハイライトは九回の攻防に凝縮されている。

 佐野日大として春夏通じて初めての甲子園だった。栃木大会を39回無失点で勝ち上がりつかんだ聖地の切符。組み合わせ抽選の結果、近大福山との開会式直後の試合に決まった。

 0-0のまま迎えた九回。先頭打者として打席に立った。「同じようなところでやられていたんで。次も絶対来るなと」。待っていたのは内角直球。初球に狙い通りの球が来た。思い切り振り抜くと、打球は左翼席へ吸い込まれた。

 均衡を破る先制本塁打でダイヤモンドを一周した。その日の第2、第3試合に同年春のセンバツ優勝を争った東邦と上宮が登場することもありスタンドは満員。「自分のために時間が止まったみたいな感じになって。声援はすごかったです」と最高の気分だった。

 自らのバットで挙げた1点を守り抜くべくマウンドに向かった。リズムよく打ち取り、2死走者なし。勝利まであと1人となったところから苦しんだ。

 ストライクが入らない。「緊張なんだろうなあ…。早く終わらせたいという気持ちは別になかったんですけど、体が言うこと聞かなかったですね」と振り返って苦笑する。

 ストレートの四球を連続で与え、2死一、二塁。たまらずベンチから伝令が来た。

 「『何やってんだ』『ストライク入らないんだよ』と会話をしていたのを覚えています。伝令のやつに『いいから早く帰れ』って(笑)」

 続く打者にも3ボール。11球連続ボールからど真ん中の直球でようやくストライクを取ると、外角いっぱいのカーブで追い込んだ。最後は内角直球を投げ切って空振り三振。「やっと勝った」。最終回の濃密さのせいか、2時間7分がとても長く感じられた。

 昨年から母校の監督に就任し、麦倉さんは指導者として第100回の記念大会に挑む。来年、元号が変われば今夏は平成最後の大会になるかもしれない。「ちょっと出られたらすごいドラマなんだろうなと」。偶然のめぐり合わせを感じながら同校8年ぶりの夏の甲子園を狙う。(佐藤敬久)

 ◆麦倉洋一(むぎくら・よういち)1971年7月29日生まれ。46歳。栃木県下都賀郡都賀町(現栃木市)出身。右投げ右打ち。投手。佐野日大では3年夏に甲子園出場。89年度ドラフト3位で阪神入団。通算12試合2勝4敗。94年限りで引退後、ゴルフ場開発企業勤務を経て、デサント入社。2014年に学生野球資格を回復。17年3月に同社を退職し、4月から佐野日大の監督に就任。

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