小川航基 4年後W杯に町田が一番近い 異例の国内復帰のワケ「W杯に出て、活躍するために帰ってきた」

 笑顔で「Z」ポーズを決める小川(撮影・棚橋慶太)
 背番号を披露する小川
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 オランダ1部リーグ、NECナイメヘンからJ1町田に加入した日本代表FW小川航基(29)が27日、東京都町田市で会見に臨んだ。W杯北中米大会で活躍した欧州組のストライカーが、大会直後に異例の国内復帰。決断にあたり「(次の)W杯に一番近いところが町田だった」と理由を説明した。年俸は、Jリーグの日本選手ではトップクラスの4億円程度とみられる。背番号は25日に柏へ完全移籍したFW藤尾翔太(25)が背負っていた「9」に決まった。

 会見場にはテレビカメラ10台が集結し、ペン記者の席は急きょ増設された。背番号9のユニホーム姿で登場した小川は注目度の高さに「活躍しないとやばいなというプレッシャーがすごい」と苦笑い。「優勝に貢献できるように頑張っていきたい」と決意した。

 現役バリバリの日本代表がW杯直後に異例の国内復帰。決断を巡っては、代表メンバー入りから遠ざかるのでは、という声もある。北中米大会においても国内組はGKを除くとDF長友佑都(FC東京)1人。ただ、小川は「全くの逆」と一蹴する。「W杯に出て、活躍するために帰ってきた」と言葉に迷いはない。

 希望していた欧州五大リーグからオファーがなく、欧州に残る選択肢を含めて熟考した。周囲との相談を含め「やれることは全部やった」。32歳で迎える4年後のW杯への最適解を考え続け、答えを出した。

 「どこでやっても結局、点を取らないと代表には呼ばれないし、W杯にも行けない。僕が一番輝いて点が取れて、W杯に近いところが町田だった」

 オランダまで3度駆けつけた原フットボールダイレクター(FD)の熱意も決断を後押しした。同FDは次節の水戸戦(29日・水戸信ス)に小川は「出場できます」と明言。古巣の水戸が“町田デビュー戦”になる可能性を示唆した。

 桐光学園時代には町田駅が通学路だった小川。16年の高校選手権では黒田剛監督擁する青森山田高と対戦し、PK戦の末敗れた。縁は多い。「たくさん得点を取って、クラブを変えていけるような存在になれれば」。町田の主役となり、2度目のW杯への道を切り開く。

 ◆小川 航基(おがわ・こうき)1997年8月8日、横浜市出身。桐光学園から2016年に磐田へ加入。水戸への期限付き移籍を経て、22年に横浜FCへ完全移籍。26ゴールでMVPと得点王とベストイレブンの3冠に輝き、J1昇格に貢献した。23年7月にNECナイメヘンに期限付き移籍。日本代表デビュー戦となった19年12月の東アジアE-1選手権の香港戦でハットトリックを達成。初のW杯出場となった北中米大会では1次リーグ初戦のオランダ戦で終盤の同点弾につながるシュートを放った。日本代表通算18試合11得点。186センチ、78キロ。

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