長谷部今季限り引退 元日本代表主将、3度W杯で重役担う「熟慮の結果、今が正しいタイミング」

 W杯南ア大会で、デンマークを破って抱き合って喜ぶ長谷部(上)、闘莉王(左)、中沢=2010年6月、ルステンブルク(共同)
 現役引退を表明するアイントラハト・フランクフルトの長谷部(クラブ提供・共同)
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 サッカーのドイツ1部リーグ、アイントラハト・フランクフルトに所属する元日本代表主将の長谷部誠(40)が17日、今季限りでの現役引退を表明した。ドイツのフランクフルトで記者会見し「熟慮した結果、今が正しいタイミングだと思う」と述べた。

 5月まで行われる今季終了後もクラブに残り、指導者の道へ進む。「アイントラハトは非常にいい提案をしてくれた」と感謝した。

 静岡県出身で、藤枝東高から2002年にJ1浦和に加入。主力としてJ1やアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)制覇を果たすと08年にドイツへ渡り、ウォルフスブルクで1部リーグ優勝に貢献。ニュルンベルクを経て14年からEフランクフルトで活躍した。同リーグでアジア選手最多記録となる通算383試合に出場している。

 日本代表では国際Aマッチ114試合出場、2得点をマーク。そのうち歴代最多の81試合で主将を務め、ワールドカップ(W杯)には10年南アフリカ大会から3大会連続出場。ベスト16入りした18年ロシア大会を最後に代表から引退した。

 長谷部誠は日本選手の海外移籍が珍しかった時代からドイツで戦い、実に17シーズンにわたって第一線で活躍した。たぐいまれなキャリアを可能にしたのが、信念の強さとしなやかな対応力だ。

 J1浦和時代の2004年8月、磐田戦で奪った劇的なゴールは今も語り草になっている。2-2の試合終了間際、中盤から一気にドリブルを仕掛けて最後は倒れ込みながら左足で蹴り込んだ。「人生で一番いいゴール」と振り返る会心の場面だった。

 ただ、ドイツに渡った当時24歳の若武者はドリブラーの肩書を捨てざるを得なかった。本場の屈強なDF相手には通用せず「最初の1、2カ月で見極めた。自分の強みよりも、生き残ることしか考えなかった」。無我夢中でキックや守備を磨き、要求に応じてさまざまなポジションをこなした。近年は3バック中央で老練なリベロに変貌。苦境に動じず、活路を見いだす姿は日本代表でも手本となった。

 ◆長谷部 誠(はせべ・まこと)1984年1月18日生まれ、静岡県出身。藤枝東高からJ1浦和を経て08年からドイツでプレー。2006年に日本代表デビュー。国際Aマッチは114試合出場2得点、主将として81試合出場は歴代最多。ワールドカップ(W杯)は10年、14年、18年と3大会に出場した。180センチ、72キロ。

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