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今振り返るRIZIN 青木真也が桜庭和志を病院送りの圧勝も…

 新型コロナウイルスの脅威にさらされ、人類の活動が萎縮し続けている2020年。それは総合格闘技も例外ではなく、日本最大級の格闘技イベントRIZINも4月19日の横浜アリーナ大会を中止し、6月まで大会を行わないことが発表された。

 仕方のないこととは言え、関係者、選手、ファンにとって残念至極に違いない。長い“RIZINロス”を埋める一助になればと思い、旗揚げから5年がたったRIZINの歴史を振り返っていくことにした。

 RIZINの設立が発表されたのは15年10月。2000年代前半に総合格闘技の世界最高峰にありながら07年に消滅したPRIDEの代表だった榊原信行氏が実行委員長、PRIDEの象徴的存在だった高田延彦氏が統括本部長を務めるなど、PRIDE出身者が中心となって立ち上げられた。

 旗揚げ戦は15年12月29日と31日にさいたまスーパーアリーナで開催し、ともにフジテレビ系のゴールデンタイムで放送。かつてPRIDEがNHKの国民的人気番組「紅白歌合戦」に果敢に挑んだ大みそかにぶつけた。大会タイトルは、29日が日本格闘技の歴史に区切りをつけ、集大成とする「SARABAの宴」、31日が未来への扉を開く、新たな歴史のスタートにする「IZAの舞」。両日に渡って争う8人参加のヘビー級トーナメント開催も発表された。

 世間の関心を失ってしまった日本の総合格闘技は復活できるのか。期待と不安の声が入り交じる中で打ち鳴らされたゴング。29日のオープニングマッチでは約9年半ぶりに復帰した“世界のTK”高阪剛がPRIDEの常連だったジェームス・トンプソン(英国)を迎え撃った。

 だが、トンプソンはケガのために練習を2日間しかしていないことを明かし、前日計量では12キロ以上も体重超過と明らかな調整不足。高阪も45歳の高齢と長いブランクからくる衰えは否めなかったが、気迫あふれる攻めで開始からトンプソンを圧倒し、パンチの連打を浴びせて2回1分58秒TKOの快勝を収めた。

 セミファイナルのヘビー級トーナメント1回戦では元柔道金メダリストの石井慧が日本代表としてチェコの若武者イリー・プロハースカと対戦。序盤からしなやかな蹴りの連打に苦しみ、パンチの連打を受けてマットに伏すと、グラウンドでヒザ蹴りをたたき込まれて1回1分36秒KO負け。いいところなく敗れた石井はRIZINに定着することはなかった。

 そして、メインイベントはPRIDEのエースだった“生ける伝説”桜庭和志と当時ONEライト級王者だった青木真也の“新旧エース対決”。だが、46歳となっていた桜庭に全盛期の力はなく、32歳の“日本最高の寝業師”青木に歯が立たなかった。

 開始早々に青木の長い手足を絡みつけるような寝技に捕らえられると、雨のようなパンチを延々と被弾。顔面全体を大きく腫らし、出血しながらもタップしない意地を見せたものの、1回5分56秒にセコンドからタオルが投げ込まれ、試合後は病院送りの惨敗に終わった。

 リング上で桜庭から勝利をたたえられた青木は号泣。「桜庭さんの試合を見たいです。引退しないでください」と呼び掛けたが、試合後の会見では「日本(格闘技)復活とか言ってるけど、また人をつぶして盛り上げるのかって。これが仕事だけど、気持ちのいい仕事じゃないね」と、ストップをしなかったレフェリングを強く批判した。

 時の流れを感じさせた一戦は、峠を越えたPRIDE戦士の知名度に頼らざるを得なかった初期のRIZINを象徴していたと言えるかも知れない。(続く)

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