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【野球】矢野阪神よ 今こそノムさんの“遺言”を生かし捕手を育て上げろ!!

 矢野阪神よ、今こそ故野村克也さんの“遺言”を生かし、キャッチャーを育て上げてほしい。

 今季全日程を終了した阪神・矢野燿大監督(52)が9日に大阪市内の電鉄本社で藤原崇起オーナーにシーズン終了を報告したという。報告後の会見で矢野監督は、来季は1年間を戦うプランニングの必要性などを口にしたが、ここで思い出したのが矢野監督の恩師である野村監督(故人)の言葉だった。

 その言葉を聞いたのは、2016年の9月下旬だった。私は1992年、野村ヤクルトの番記者だった。その縁で『野村の遺言』というタイトルの本を出版したタイミングで、監督業から離れていた野村監督にインタビューに応じてもらった。

 インタビューの中で、印象に残った言葉が「阪神に限らず強いチームを作るにはキャッチャーを育てないと。キャッチャーは育ったら、チーム作りは半分終わったようなもの」というものだった。

 今季の阪神はキャッチャーを固定することに苦しんでいた。チーム防御率こそ中日に次ぐセ・リーグ第2位の3・30。だが、レギュラーだった梅野隆太郎の不振時期が続き、シーズン終盤は6年目の坂本誠志郎が出場する試合が目立った。

 一方、優勝したヤクルトの中村悠平は打撃もさることながら、打者有利といわれる神宮球場を本拠地としながらリーグ3位のチーム防御率3・48、投手陣を支え優勝の大きな原動力となった。

 キャッチャー出身だけに、野村監督の目は厳しい。過去、お眼鏡にかなったキャッチャーは皆無に近いだろう。92年の日本シリーズでヤクルトは、まな弟子・古田敦也がマスクをかぶっていたが、相手西武の「伊東勤の方が上」と何度も繰り返し、決してそのリードを褒めはしなかった。

 その記憶があり「監督は伊東を高く評価していましたね」と質問をぶつけてみた。ところが、返ってきた答えは、盟友の森祇昌元西武監督の言葉を引き合いに出し「“伊東もまだまだ”といっていた」という否定的なものだった。この発言に「キャッチャーとしては野村監督が歴代No.1ですからね」と、恥ずかしながら歯の浮くような発言をしたことを覚えている。

 野村監督は生前、さまざまな理由から「(阪神の)監督をやったことは後悔」と口にしていた。だが、自分が監督時代にチーム改革を進められず、キャッチャーを育てられなかったことが「後悔」の根底になったことも事実だろう。

 来季の阪神が優勝するために、取り組まなくてはいけないことは多いだろう。だが、野村監督のまな弟子である矢野監督が、師の“遺言”を生かし、名実共に球界を代表するキャッチャーの育成が急務だと思う。それが梅野なのか、坂本なのか、それとも…。注目するところである。=敬称略=(デイリースポーツ・今野良彦)

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