【芸能】サッチー・ミッチーに見た夫婦の絆 “宿敵”の共通点

浅香光代と内縁の夫の世志凡太
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 プロ野球・ヤクルト、阪神などで監督を務めた野村克也氏(82)の妻で、バラエティー番組でも活躍した野村沙知代さんが8日、虚血性心不全で亡くなった。享年85。近年は表舞台からは遠ざかっていたが、アグレッシブに舌鋒(ぜっぽう)鋭い毒舌を振るう姿が印象的だけに、衝撃的な急逝だった。沙知代さんの死についてカメラの前で語る克也氏が、憔悴(しょうすい)しきっているのは、誰の目にも明らかだった。

 沙知代さんと克也氏。共にバツイチで40年以上前に知り合って、1978年に結婚。口うるさい沙知代さんを克也氏が受け止める、おしどり夫婦として知られていた。そろってイベント出演するときには、キスを披露することもあった。

 沙知代さんの存在が一気にクローズアップされたのは、99年に勃発した「ミッチー・サッチー騒動」だった。ミッチーこと女優・浅香光代(89)がラジオ出演した際に、サッチーこと沙知代さんを猛批判したことで、お互いの擁護派を巻き込んだ大論争に発展。ワイドショーで連日報じられ、「ミッチー・サッチー」が同年の新語・流行語大賞に選ばれるまでの注目を集めた。

 もともとは克也氏と、浅香の内縁の夫でコメディアンの世志凡太(83)が、大阪で同じマンションに住み、親交が深かったことが“元凶”となった。お互いの夫を通じて、知り合ったミッチーとサッチー。沙知代さんが「芝居を見たことないわ。どんなの?」と興味を示したことから、浅香が東京・浅草での公演に招待した。

 観劇後に沙知代さんが「踊りいいじゃない。私も踊りたい」と言い出したことで、98年にミッチー・サッチーが舞台共演。この公演の稽古期間中の、沙知代さんの態度に浅香が我慢ならなかったことが、大騒動へとつながった。

 沙知代さんの訃報を受け、浅香は世志と共に、東京・浅草の自宅で取材対応。浅香は「いろいろあったけど、(天国では)皆さまの気分を悪くしないように、静かにしてほしいと願ってます」とちょっぴり辛口で沙知代さんを悼んだ。世志は「(沙知代さんは)悪い人じゃない。言いにくいことも言えちゃうから、誤解されちゃうんですよ。(騒動は)今となりゃ笑い話。当時は向こうもこっちも、カッカしてたから」と、毒交じりの追悼コメントを発した浅香をフォローするような、言葉を残した。

 浅香と世志がそろって、報道陣の前に姿を見せたのは久々だった。会見後、本題とは関係がないものの気になったもので、世志に確認した。「入籍はされてませんよね?」。甚だ失礼な質問であることは承知していたが、嫌な顔ひとつせず、世志は丁寧に応えてくれた。

 「してませんよ。何でかと言うとね、私がお金もうけしようとしてつまずいたりしたら、(入籍してた場合は)跳ね返りが全部、浅香に行っちゃうことになりますから。それで籍は入れないようにしようと考えたんです」。浅香の個人事務所の社長職もこなしている世志だが、有事に備えて未入籍を貫く覚悟に、“夫婦愛”を見た気がした。

 沙知代さんは生前、「生まれ変わっても克也氏と結婚しますか?」と聞かれたとき、「今生限りで結構よ」と即答していたが、この言葉はウソだと思う。深く愛し愛された2人だけに、来世でも結ばれるのではないだろうか。

 沙知代さんと克也氏、浅香と世志。強烈な妻を、愛してやまない夫。“似たもの夫婦”に感じてしまう。

 (デイリースポーツ・丸尾匠)

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