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可愛かずみさん飛び降り自殺 花嫁目前

97年に自殺した可愛かずみさん
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 ドラマやバラエティー番組などに出演し、キュートな笑顔が印象的だった女優・可愛かずみさんが亡くなったのは1997年5月9日だった。1年2カ月前まで交際していた野球選手の住むマンションから飛び降り自殺したのだった。

 【以下、1997年5月11日付本紙より】

 9日夜、一時は結婚もうわさされた野球選手Aさん(26)の住む東京・目黒区駒場のマンションから飛び降り自殺した人気女性タレントの可愛かずみ(32)=本名・久我知子=さんに婚約者Bさん(28)=自動車販売会社経営=がいたことが10日、明らかになった。A選手と破局した昨年3月ごろから交際をスタート、7月7日の入籍に向け、ウエディングドレスも発注ずみだった。

 可愛さんは数年前からうつ病で、事件当日の9日午後には手首を切り、今年3度目となる自殺未遂を図っていた。挙式を目前に控えた花嫁が、かつての恋人の家を最後の場所に選んだという悲劇は、2人の男性の心に深い傷を残した。

 ◆       ◆

 純白のウエディングドレスは花嫁が着るのを待つばかりだった。Bさんと可愛さんは33歳の誕生日(7月9日)に合わせ、7月7日に入籍、同13日に披露パーティを催すことが決まっていた。式まであと65日。バージンロードを歩くはずだった花嫁は、その夜、無残にコンクリートにたたきつけられていた。

 自殺した可愛さんはA選手との破局後、Bさんと、知人の紹介で付き合い始めた。1年間の交際期間を経て、結婚へと話は進んだ。すでに挙式の式場も決まり、花嫁となる日を心待ちにしながら、招待状を出すだけ。だが、可愛の精神状態の不安定は続いた。

 所属事務所の藤井和博社長も父親の久我竹三郎さんも「A選手との別れは今回の自殺とは別問題」と無関係を強調した。

 一方で、破局前後からうつ病が悪化したことは関係者も認め、破局後もかつての思い出を確かめるようにA選手の自宅を訪れ、電話を入れるなどしていた。

 小さいころから夢見ていた結婚が現実感を帯びながらも何度も自殺未遂を図り、9日夜の結末を迎えた。

 遺書はなかった。だが、藤井社長が言うように「無意識のうちに」かつての恋人の家を最悪の舞台に選んでしまったなら、なおさら残された恋人は気持ちの持って行き場がない。消しても消えなかった深層心理。未練という言葉では片付けられない深い傷を2人の男に残した。

 「また(手首を)斬っちゃった」‐‐事件当日の午後、可愛さんは手首を切って自殺を図り、甘えるようにBさんに電話をかけてきた。港区元麻布の自宅に急行し、都内のかかりつけの病院へ。そこで十数針を縫い、午後4時ごろには父・竹三郎さんと、Bさんと友人の4人で夕食。ドリアをぺろりとたいらげ、顔色もよく元気になっていたというのに…。

 Bさんが仕事のため会社に戻った午後6時55分、持病の過呼吸症のためせきこんだ可愛は、「ちょっと薬を買いに行ってくる」と父親に言い残し、「ピョンピョン跳びはねながら元気に出ていった」(Bさん)。その15分後に可愛さんはかつての恋人のマンション7階の手すりを乗り越えた。

 可愛さんは5年ほど前から都内の精神科に通院。藤井社長によると、うつ病の症状が悪化してきたのは「1年半ほど前」と、ちょうどA選手と破局した時期と重なる。

 昨年9月には、A選手のマンションで「過呼吸症の発作のため」(藤井社長)手足にけいれんを起こし、救急車で運ばれた。

 11月末から12月中旬にかけて、心のリハビリもかねて入院したが、仕事復帰後の「今年1月初めに手首を切り1度目の自殺未遂、その後再び左手首を切った。遺体には2本の縫合した傷と合わせ、4カ所も傷があった。

 検視が終わり、元麻布の小さな寺に可愛さんの遺体は置かれた。Bさんは「着せてやりたいから」と出来上がったばかりの白いウエディングドレスを寺に運んだ。婚約者の気持ちを彼女は天国で、どう、感じているのだろうか。

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