【競馬】08年エ女王杯、リトルアマポーラ乗り代わりの舞台裏

 先日、今月末で定年を迎える長浜博之調教師とじっくり話をする機会に恵まれた。厩舎内の調教師部屋。堅苦しさはなく、終始穏やかなムードで話は進んだ。私が駆け出しの頃に活躍していたアグネスフライトやアグネスタキオン、ミッドナイトベット、アンドゥオール…当時を振り返り、懐かしさがこみ上げてきた。思い出話は尽きることなく、あっという間に時が過ぎた。

 その後もシックスセンスやファイングレイン、ビッグウィークといった名馬の話に興味津々。そのなかで、私が一番印象に残ったのが、08年のエリザベス女王杯を制したリトルアマポーラだ。

 同馬にG1タイトルをもたらしたのは、当時短期免許で来日していたクリストフ・ルメール。それまで主戦を務めていた武幸四郎から乗り代わり、鮮やかな一発回答でファンを魅了した。

 長浜師と言えば、主に日本人騎手を起用する印象があり、当時の私はルメールへの騎乗依頼は珍しいと感じていた。実際、今になってその舞台裏を聞くと「本当は幸四郎に頑張ってもらいたかった」と本音がこぼれた。

 手綱を託す騎手に対して、長浜師はさほど指示は出さないという。「こちらから言うのは“スタートだけ遅れるな”と。たとえ道中で不利があっても、それには運もあるし、見てる側にはさほど気付かれない。でもスタートで遅れるとファンもすぐに分かるから」。ましてオーナーの目に入れば即降板もやむを得ない時代。我慢強く乗せ続けるためにも、騎手に対して、特に日本人騎手に対してスタートには厳しかった。

 それだけに、エリザベス女王杯での交代劇はつらい決断だった。「1番人気のオークス(7着)で位置取りが後ろになってしまって。秋の秋華賞も出遅れ(6着)。それで次はルメールに乗り代わることになった」。結果を出すのが調教師の仕事。距離不足だった桜花賞(5着)は情状酌量の余地があるが、3アウトを前に決断を下した。

 レース当日。スタンドで観戦していた長浜師はゲートに集中していた。手綱を託されたルメールも期待に応える。「スッと出てくれて、うまく流れにも乗って。テン乗りであれだけ乗れるとはね」。外め【8】枠(16)番からの発進で、スタート直後に起きたポルトフィーノの落馬も回避できた。運も味方につけて、道中は好位の外めでピタリと折り合った。

 そして直線。早めに抜け出したアマポーラは、迫るカワカミプリンセスやベッラレイアの追撃を振り切ってゴールへ。

 「スタンドで観ていると、西日が目に入って。4角から直線にかけて、光の反射で見えづらかった。すると近くにいた森君(秀行調教師)が“リトルが来たよ”と教えてくれて。馬も充実期を迎えていたが、あのレースは全てがうまくかみ合った」

 28年に及ぶ調教師人生。唯一、オークスを逃して“牡牝クラシック完全制覇”の夢は断たれたが、強豪古馬を破ってのG1タイトル奪取、そして無冠に終わった牝馬クラシックの無念を晴らしたアマポーラの勝利は会心と言えるだろう。

 定年まで残りあとわずか。「去年、おととしと成績は振るいませんでしたが、トータル的にはいい競馬人生を送れたと思います」と晴れやかな表情を見せる。まるでバトンを託すように、時を同じくして武幸四郎が調教師試験に合格。最後に、若きトレーナーにエールを送った。

 「我々の社会で乗り代わりは常に起こり得ること。だから当然、僕も彼も根に持つような関係にはならない。時として、自分が代えるつもりはなくても、馬を預かっている以上は代えざるを得ないときもある。あの時は悔しい思いをしたと思うが、経験を糧として頑張ってもらいたい。ああいう経験をしたからこそ、これからは調教師としてオーナーや騎手にアドバイスもできる。それは大きな財産。色んな経験を積んで、初めて上を目指せるものだから。これから彼にもあのような場面が必ず来る。そのときにどういう判断を下すか。日々勉強だと思う」

 (デイリースポーツ・松浦孝司)

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