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カー娘「カーリングを国技に」“そだね~ブーム”で終わらせない!そ~大な野望

 メダルを手に笑顔を見せる平昌五輪のメダリストたち
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 平昌五輪で史上最多13個のメダルを獲得した日本選手団が26日に帰国し、主将でスピードスケート女子500メートル金メダルの小平奈緒(31)=相沢病院=らメダリストと、旗手を務めたノルディックスキー・ジャンプ男子の葛西紀明(45)=土屋ホーム=が記者会見した。カーリング女子日本代表のLS北見は、サードの吉田知那美(26)が「マイナースポーツが日本の国技になるくらい努力する」と宣言。史上初の銅メダルを機に競技人気の定着を誓った。

 緊張気味に帰国会見に臨む選手が多い中、いつもの明るい笑顔を咲かせたカー娘たち。ただ、その心には期するものがある。リードの吉田夕梨花(24)が「カーリングは4年に一度のスポーツと言われている。常に注目していただけるスポーツにしたい」と言うと、姉の吉田知も「マイナースポーツを日本の国技になるくらいの努力をする」と宣言した。

 1998年の長野五輪で正式種目となり、2006年トリノ、10年バンクーバー五輪で日本女子代表の人気は沸騰。しかし、アイドル的な選手のルックスに注目が集まる一方で、競技人気は一過性に終わっていた。

 「そだねー」という方言やハーフタイムの「もぐもぐタイム」など話題に事欠かなかった今大会。しかし、それだけでは終わらなかった。裏方としてチームをけん引した本橋麻里(31)が銅メダル獲得後に「カーリング界が大きく変わる」と言ったように、男女通じて初のメダルは金以上の価値へと広がる可能性がある。

 韓国・ヤンヤン空港からの出発時、一番人気はスキップ藤沢五月(26)だった。警備担当者やボランティアが「フジサワ、フジサワ」と写真撮影の行列をつくった。韓国女優のパク・ボヨン似として注目されたが、それ以上に韓国戦での死闘の印象もあるだろう。

 「銅メダルの色は歴史的快挙の意味もありますが、まだまだ頑張れる色という意味と受け止めている」と本橋。藤沢も「ここがすべてではなく通過点」と言う。長野から20年。今こそ、その歩みを一気に進めてみせる。

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