エリートヤンキー田中一樹 デビューへ

 ボクシングの名門・グリーンツダジムから楽しみな“エリートヤンキー”がプロデビューする。元2階級王者・井岡一翔(25)=井岡=らを輩出した興国高と強豪・龍谷大でともに主将を務めた田中一樹(21)。高校3年時に国体3位、大学は19勝1敗の好成績を挙げ、9月28日のB級プロテストに合格した。

 大阪・寝屋川出身。同ジムの本石昌也会長とは運命的な出会いだった。高校3年の秋、田中は先輩に呼び出され自宅近くのコンビニにたむろしていた。

 深夜1時過ぎ、車で乗り付けた会長(当時マネジャー)は髪をそり込み、腕に入れ墨のある7~8人のヤンキーを見付けた。「いかにもってやつらが入り口付近にいて、邪魔だった」と文句を言いに近づいた。

 その中に1人、「明らかにただ者じゃない、違うオーラを持ったやつ」がいた。17歳の田中だった。

 「お前、何してんねん?」「ボクシングやってます。興国で主将です」「お前、すごいやないか。うちでプロにならんか」。ひと目で田中のスター性に惹(ひ)かれた会長は熱心に誘い続けた。

 電話攻勢でプロボクサーの魅力を伝え、興行があれば観戦するよう声をかけた。大学進学した田中も心は次第に傾いた。大学を中退し、プロ転向は自然な流れで決まっていた。

 何百人ものボクサーを見てきたプロの会長をとりこにした男は、やはり、し烈な格闘人生を歩んできた。小2で始めたのがキックボクシング。格闘技経験は一切ない父・正樹さんから「ハードな」英才教育を施された。

 タイ式ボクシング(ムエタイ)を学ぶため、小6時には単身でタイのジムに武者修行。1人で初めて飛行機に乗せられバンコク到着まで「ずっと機内で泣いていた」と言う。

 辛い料理が食べられず、白ご飯だけの日々。タイ語のメニューが分からず注文したら「カエルの腸」だった。やせ細る中、タイ人にはボコボコにされた。挙げ句、デング熱にまでかかった。

 中学に入っても夏、冬、春休みのたびにタイ修行。「ひげの生えたニューハーフ」から「カズキー♡」とエールを送られながら朝、夕のロードワーク。「毎日いた。あれはきつかった」と、今でも消したい記憶だ。

 父が怖いため、けんかはほぼしたことはない。ただ中学時代はけんか自慢のワルをジムに呼んではローキック一発でKO。寝屋川のワルから一目置かれる存在であり続けた。

 当然、授業は遅刻ばかり。中3時には140日もの遅刻で校長から呼び出され「行く高校などあるわけないだろう。ボクシングするなら考えてやる」と言われ、興国高へ進学することになった。

 「守りで蹴りを考えなくていいし、ハイキックを首に食らうこともない」とボクシング適正を徐々に発揮。K‐1のアンディ・サワー(オランダ)を見て磨いた左ボディーはボクシングでも大きな武器となった。

 168センチ、58キロの右オーソドックス。もちろん、ゴリゴリの接近戦を好むハードファイターだ。「ゴロフキンが好き。メイウェザーは強いけど試合はおもしろくない。山中選手のような一撃必殺で盛り上げたい」と、強気に言い切った。

 前評判がとどろき対戦相手が決まらない状況ながら、初陣は12月7日の大阪・IMPホールの予定。来年、日本ランカー入りし16年に日本王者、4年以内に世界獲りというのが、田中に敷かれたレールだ。

 会長も半端ないほれこみようだ。「弱いやつとはやらない。常に五分五分の相手と組むつもり。お父さんと同じハード路線でいく」とキッパリ。さらに「今までにないタイプ。人を引きつける天性の才能がある。大学時代も彼の試合は雰囲気がガラリと変わった。会場が一体になるカリスマ性のあるボクサー。絶対に世界王者に育てます」と誓った。

 くしくもバンタム級には次代のスター候補が集結する。元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎の次男・寿以輝(18)=大阪帝拳、インターハイ2年連続準優勝のイケメン、丸田陽七太(17)=関大北陽高2年、森岡ジム=はともに11月にプロテストを受ける。

 「誰が来ても負けるつもりはない。自分が1番、盛り上げる試合をしますよ」。近い将来、バンタム級で覇権を争う可能性の高い“同期”との戦いを心待ちにしている。

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