戦国時代の“万博”、1日で強制終了した2つの理由…京都人に嫌われたから?【豊臣兄弟】
仲野太賀主演で、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長(小一郎)が、兄とともに天下一統を果たすまでを描いていく大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK)。
11月1日放送の第42回「北野大茶湯」では、秀長の大きな仕事だった「九州平定」がサクッと流される事態に視聴者が騒然。この戦いがどんなものだったのかという補足と、北野大茶湯中止の真相にも迫っていこう。
■ 肥後の一揆で、どうなる佐々成政…第42回あらすじ九州を平定した豊臣秀吉(池松壮亮)に、甥・豊臣秀次(山田涼介)は、聚楽第完成記念に、大規模な茶会を開くことを提案する。小一郎が時期尚早と言うのも聞かず、秀吉は北野で10日間に及ぶ茶会を開くことに。
しかし、そこに伴天連追放令を恨むキリシタンの刺客がやってきたり、肥後で大規模な一揆が起こったため、茶会は1日で中止に。肥後を治める佐々成政(白洲迅)は尼崎まで秀吉に呼び出され、沙汰を待つことになった。
小一郎は徳川家康(松下洸平)や前田利家(大東駿介)の嘆願書を持って、成政の助命を乞う。そこに元足利幕府将軍・足利昌山(義昭/尾上右近)が小一郎を訪問。
大きな力を得た者は、気づかぬうちに目がくらんでしまい、周囲の人間も変えてしまうと、みずからの経験を元に語り、小一郎は決して秀吉の元を離れないよう忠告した。その言葉を胸に刻んだ小一郎に、秀吉は成政を切腹にするという沙汰を告げる・・・。
■ 冒頭2秒で終了…「九州平定」スルーに騒然豊臣秀長が天下一統に向けて陣頭指揮を取った2つの戦が「四国攻め」と「九州平定(秀吉とのW総大将)」だ。このうち四国攻めの方は第36回で、大河ドラマ史上初めてまるまる1話を使って描かれた。
ということで、九州平定も1話ぐらいの尺を使って・・・少なくとも3分の1ぐらいは使ってくれるかなー? と思いきや、まさかの冒頭2秒間のナレーションで終わってしまった。
脚本家・八津弘幸のエピソードの取捨選択が、一筋縄ではいかないことは大体把握してきていたが、それでも九州平定をザクッと削って、その分秀長と秀次、あるいは秀長と義昭の関係性の方に時間をかけるとは、かなり大胆な選択だ。
SNSでは「秀長が誰かの心を大きく動かしたり、あるいは秀長自身の心が大きく動くような展開ができないトピックはカットしてるのでは」みたいな推察があった。その視点で見ると、秀長本人は特に大きなピンチも大活躍もなかった九州平定は、取り上げにくかったのかもしれない。
ただ、せっかく出てきた大きな歴史トピックなので、九州平定をフォローしていこう。
このときの九州は、豊後の大友氏や肥前の龍造寺氏などのいくつかの勢力が均衡を保っているような状態だったけど、薩摩の島津氏が、当主・島津義久を筆頭とした「島津四兄弟」の時代に入ると、九州一統を目指してあちこちで戦闘を仕掛けるように。
これに手を焼いた大友氏が秀吉に助けを求め、秀吉は関白として停戦を命令。しかし、鎌倉時代からの歴史を持つ名門・島津氏は、成り上がりの秀吉を軽んじて、強気の姿勢を崩さなかった。
■ 大河ドラマ『島津四兄弟!』実現なるか!?そこで最初は、毛利輝元(濱正悟)や黒田官兵衛(倉悠貴)などを派遣して、幾度も交戦。なかでも「戸次川の戦い」では、讃岐の仙石秀久の判断ミスで大敗を喫し、長宗我部元親(磯部寛之)は嫡男を失うという悲劇に遭っている。
一方で、官兵衛は「特技:調略」を生かして、九州の大名・国衆たちの調略や取次を担当し、秀吉が出陣したときの地盤を整える役目を果たした。まさに九州平定の、影の功労者と言えるだろう。
そして、1587年初頭、ついに秀吉&秀長が出陣することに。約20万もの兵を2つに分けて、秀吉は西側、秀長は東側の2ヶ所から同時に進軍した。圧倒的な数の兵が、2方向から攻め込んでくるという体制に、さすがの島津氏も撤退を余儀なくされる。
ちなみに秀吉は、島津方の城主に対して、一夜で城を築いたように見せる「一夜城」作戦を決行し、まんまと降伏に持ち込んだという、墨俣一夜城ばりの伝説も作っている。
戦は終始、豊臣方に有利に進み、ついに4月には足利義昭を招いた和平交渉が始まった。ドラマのなかで、義昭が秀長に「殿下(秀吉)とは何度も会ってる」と言ったのは、この打ち合わせのためだったと思われる。
この頃の義昭は、幕府はないけど「征夷大将軍」という役職は保持したままだったので、島津氏にとって決して失礼なことはできない相手だったのだ。
5月には和平が成立するけど、島津氏はこんだけお騒がせしたにも関わらず取り潰しをまぬがれ、元の領地を安堵された。これは秀吉が島津氏の力に感服し、味方になれば心強いと思った証だろう。
実際、この後の島津氏は、朝鮮出兵や関ヶ原の戦いで、豊臣方の一大勢力として、歴史マニアすらドン引きさせるほど超人的な活躍を見せることになる。なので、もし再び大河で兄弟ものをするなら『島津四兄弟!』でよろしくお願いします。
■ 万博並みの“大イベント”、1日で終了の理由その平定後に行われたのが、今週取り上げられた「北野大茶湯」だ。北野天満宮の拝殿に、秀吉の黄金の茶室+千利休を始めとする当代一流の茶人3人のブースを設け、境内のあちこちでは野点が行われるという、いわば「茶の万博」とでも呼びたくなるような一大イベントだった。
聚楽第が完成し、政の中心を大坂から京都へと移す秀吉にとって、京都の公家や庶民たちに自分の威光をアピールするのが狙いだった。
ドラマでは、誰にお茶を点ててもらうかを自由に選択できるように見えたが、実際はくじ引きになっていて、誰に会えるのかはわからない状態だったそうだ。
そして本来なら10日間行われるはずだったイベントは、たった1日開催しただけで中止となった。今回は「肥後国人一揆」が決定的な原因であるように描かれたけど、実際はいろんな理由が上がっている。
まず一つ目は、初日が思った以上に盛り上がりに欠けた説だ。
「茶器を持参すれば身分を問わず参加可能。服装自由」など、非常にフランクなイベントに見えるけど、一方で「これだけ至れり尽くせりなのに不参加の奴は、今後二度と茶に関わるな」など、妙に上から目線の決まりや呼びかけもあった。
プライドが高く、野暮なことを嫌う京都の人たちに「なんでそないなこと言われなあかんのどす?」と、そっぽを向かれたことが想像できる。
というわけで、初日に集まったのは800~1000人と言われている。北野天満宮の定期市ですら、もうちょっと人が来るだろうということを考えると、天下人主宰のビッグイベントとしては微妙な動員。肥後国の争いを口実にして、残りの日程をキャンセルするのも致し方なしというところだ。
そのほかにも、1日で200人近い人にお茶を点てるのに秀吉が疲れて音を上げたという、なんだか平和な説もある。
■ 千利休の人気に嫉妬説も…切腹にどう繋がるあともう一つ、今週のドラマでも匂わせがあったのが、千利休の人気に秀吉が恐れをなしたという理由だ。
自分の手駒だと思っていた茶人が、世間的には自分より人気があることを目の当たりにしてしまった。しかも、ギンギラの茶室の対極にある、極限まで削ぎ落とした「侘び寂び」の空間の方が支持されたことで、プライドに傷が付いたとしてもおかしくはない。
しかし、吉岡版・利休の場合は、それをまったく意図してなかったわけだから、計算づくで動員を上げるよりも、逆に腹が立ちそうだ。
これまで描かれた秀吉VS利休は、なんでも頂点に立ちたがる秀吉が、文化人として圧倒的に支持される利休を邪魔者扱いし、利休も一流の茶人としての誇りを持って秀吉に対等に接し、決して屈しないことを示すために切腹を潔く受け入れたという解釈で描かれてきた。
しかし、この吉岡版・利休の場合、秀吉の敵意などひょうひょうと受け流すけど、うっかり虎の尻尾を踏んじゃって、取り繕うことができなくなった・・・みたいな、気の毒な展開になりそう。『豊臣兄弟!』ではそこまで描かれるのか。見てみたいような、つらいので見たくはないような複雑な気持ちだ。
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大河ドラマ『豊臣兄弟!』はNHK総合で毎週日曜・20時から、NHKBSは18時から、BSP4Kでは12時15分からスタート。11月8日放送の第43回「殿下の刀狩り」では、佐々成政の件を契機に、秀吉が刀狩令を発布。身分を問わず反発の声が上がるなか、秀長がある計画を進めていくところが描かれる。
文/吉永美和子
(Lmaga.jp)
