大川慶次郎先生がご存命なら…今年の有馬はゴールドアクター本命かな?

 有馬記念ウイークを迎えると、いつも思い出すことがある。今からさかのぼること17年前の99年12月21日、競馬評論家の大川慶次郎氏が亡くなったことだ。

 わたくしの競馬記者人生のスタートは、大川先生(以下、先生)を発行人とする競馬新聞社。いわば直弟子にあたり、その人となりもこの業界ではよく知っていた方だと思う。

 最近、競馬を始めたファンは「誰?」と思うかもしれないが、亡くなるまで”競馬予想界での絶対王者”的な存在。60歳を過ぎた頃でも”競馬脳”は衰えることがなく、ものすごい記憶力だった。

 昔は今のように木曜日に出走馬が確定するのではなく、金、土曜日に出馬投票を行っていた。発行がその日のうちの競馬新聞社の記者にとっては当然、予想時間が非常にタイトな時代だ。

 出走予定になかった馬が急に投票する、いわゆる”想定外馬”飛び込んできて、先生に「○○が急きょ入れてきました~」と言うと、「あ~、○○ね!それがいると展開が変わるな」と未勝利戦でもアッという間に頭脳が動いていたことを今でも鮮明に覚えている。50歳を過ぎて「え~っと、マイネル…何だっけ?」と言っている現在のわたくしとは大違いだ。

 予想に対しても自信満々。「きょうの玉川君の推奨馬は素晴らしい。いいところを見ている!」と言われて喜んでいると、何てことはない。先生の推奨馬と同じだけ。そんな時しか予想で褒められた記憶はないですな。しかしその他のことになると、細かいことにはあまり気にしないタイプだった。

 こんなことがあった。とあるパーティーがあり「玉川君、悪いが車で送ってくれないか?」と言われ、二つ返事でOKすると「高速だと早く着くからそれで行ってくれ!」。ブーンと飛ばして目的地へ到着。先生を降ろすと「お疲れさま、ありがとう」と、そこまでは普通だが、行きの高速代は出してくれても帰りはなし。ナビがあまり普及していない時代で、帰りも同じ道を通るしかない若手貧乏記者は厳しい出費を強いられたものだ。今ではいい思い出だが、当時は「先生、もうちょっと気を使ってよ~」と心の中で叫んだ。

 先生の最後の予想は亡くなった年の有馬記念で、「グラスワンダーの勝利」をズバリと当てたことは今でも語り草だ。もし、先生がご存命なら今年はどの馬に◎を打っただろうか。先生の予想スタイルを長く見ていたわたくしの勘では、ゴールドアクターのような気がするが…さて?

(馬サブロー美浦支局・玉川 祝)

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