ディープ映画館「新世界国際劇場」31日で閉館 パンチ効き過ぎコピー、手描き映画看板 1930年完成建物も取り壊し?
大阪のシンボルタワー・通天閣の近くにあるレトロ映画館「新世界国際劇場」(大阪市浪速区)が、3月31日夜の上映を最後に営業を終了する。1930年(昭和5)完成。もとは芝居小屋「南陽演舞場」で1950年(昭和25)に映画館となった同劇場は、いまでは珍しくなった「入場料1000円で洋画3本立て」「成人映画」「手描き映画看板」で昭和の面影を残していた。一世紀を迎える前に、建物は取り壊されることが濃厚。支配人の冨岡和彦さん(58)に話を聞いた。
昭和レトロという言葉で片付けるには、あまりにディープすぎる。閉館を知ってか知らずか、外国人観光客や修学旅行生が築96年、アール・デコ調の建物にスマホを向けていた。上は洋画3本立ての名画座。地下からは、ピンク映画のせつないあえぎ声が聞こえる。劇場には「吉報!!腐れ劇場3月閉館!!ラスト第一弾最狂地獄傑作!!」と、パンチ効き過ぎの看板がかけられていた。
2月末ごろから、SNSなどで閉館のうわさが流れ始めた。冨岡さんは、31日夜の上映をもって、クローズすることを認めた。
「うちの建物、けっこう古いじゃないですか。もうかなり、ガタが来ている。コロナ前から売り上げも下がったので、修繕費とかあんまり出せない状況。全面補修しなければいけない時期が来るが、けっこうむちゃくちゃ金がかかる。関係者から『(建物が)新しくなったほうが早いかもしれない』と言われた記憶がある。とてもお金がかかるし、今のお客さんがきれいすぎると、ふつうの映画館みたいでどうなるか。建物を建てても、売り上げとか興行収入が上がるものじゃない。やはり閉館するしかないと思います。残念ですけどね」
すでに、土地建物の譲渡先も決まっているとした。国宝級映画館の保存に、ファンはいちるの望みをかけるが「建物を壊すと決まったわけではないが、(残すのは)たぶん相当難しいんじゃないかな」と語る。
コロナ禍で緊急事態宣言が発令され、休館中だった2020年4月。“インチキ映画特集”として「フェイクニュース 暴力報道2020」「決断 戒厳の長き夜」「コロナマン 最凶ダークヒーロー爆誕」などの架空の映画看板をかけ、ニュースになったことも記憶に新しい。
「今まで来ていた顔なじみが、だいぶ見なくなりました」と、スクリーンを取り巻く厳しい状況を伝えた。
閉館を正式に告知した後、問い合わせが殺到。著名人がコメントするなど、SNSでの予想以上の反響に驚いているという。「それだけ好きな人がいてくれたということは、うちの劇場に魅力があったということかな…。(閉館の告知を)見てくれた人がそれだけいてくれたということは、うちの劇場の冥利(みょうり)に尽きる」と言葉をかみしめた。
やや過激な惹句(じゃっく)は、冨岡さんが考えている。マニアをうならせる3本立ての上映作は、ベテランのスタッフが編成。日本の映画館から絶滅寸前となった手書きの絵看板は、映画絵アーティストの八条祥治さん(69)が制作し、毎週火曜日の夕方にかけ替えられている。「要するに、本当に自由のきく映画館だった。映画看板を自分で造って…というのは、興行協会に入っている大きいところは、なかなかない。八条さんに頼むのも31日…今回でとりあえず終わります」と語った。
冨岡さんは「みんなでずっと守ってきたものだから。頭の中にはあったんですよ。建物が老朽化して、直さなきゃいけない。お金をかけてやって、お客さんが戻ってくるわけでもない。いつか閉めなきゃならないかな…という話は、確かに頭の中で分かっているんです。いつか、けじめをつけなきゃいけないと思うんですよ。やっぱり、冷淡に割り切れるかどうか。うちの劇場、どういうことだったらいいのかな」と思いをめぐらせる。
同劇場は、男色の出会いの場としても知られていた。「『どこに行ったらいいのか?』みたいな声はこれから出てくると思いますよ。逃げ場はいろいろある。キャパとかの問題もあるし、古い人は古いから。その人にとってどうなのかということもあるけど、今はとりあえず、ここまで。別に映画館をしているわけであって、そこで出会いをしろと言ってるわけではないから…」と“発展的”解消を期した。
劇場のもうひとつの顔と、成人映画にも触れ「これまで世間から批判を受けたり笑われたりするけど、これも昭和の文化じゃないですか。昭和の文化、それがなくなるのがちょっとさびしい。頭の中でわかっていても、建物で言ったら、一企業で守るのはむずかしい」と振り返った。
閉館、取り壊し間近。新世界国際劇場は、遠い昔に見た「ニュー・シネマ・パラダイス」のようなストーリーを現在進行形でたどる。
「3月31日までは平常通り営業します、最後の一回だと思うので、思い出づくりに来てください。お別れに来てくださいねって。Xとかでいろいろお声がけくださって、どうもありがとうございます。この劇場をそこまで愛してくれる人がいるなんて、わからなかった。場末の劇場で、こんな大騒ぎになるとは驚いている。すごくうれしいし、劇場をやっていて本当によかった」
最終上映時、冨岡さんらスタッフが入場口で観客を送り出し、惜別のあいさつをする予定だという。令和8年に、昭和の残照がまばゆいばかりの最後の光を放っている。
(よろず~ニュース・杉田 康人)
