弘兼憲史氏 70歳を過ぎて生きることの極意…「島耕作」著者が語る老いじたく

 漫画家の弘兼憲史氏(72)は「島耕作シリーズ」、「人間交差点」、「黄昏流星群」など数々のヒット作を世に送り出してきた。松下電器を約3年で辞めて27歳でデビュー。70歳を超えても筆力は旺盛で、このほどエッセー「俺たちの老いじたく 50代で始めて70代でわかったこと」(祥伝社、1300円税別)を新装復刊した。老いを受け入れる極意、漫画制作の秘密を聞いた。

 ◇◇ ◇◇ ◇◇

 -「俺たちの老いじたく」で「人と比較しないこと。人と比べることの無意味さ」を説かれています。「値段とか地位とか、比較され得るものから得られる幸福感は、つねに不幸感と隣り合わせだ。自分より上が現れれば、途端に幸福ではなくなる」と。

 人と比べるときは、だいたい自分よりも環境とか、いろんな条件がいい人と比較してしまうんですね。そうすると俺はなんてダメなんだろうって落ち込むけども、そうではなく自分より不幸せな人も世の中にはいます。そういう人と比べれば自分はまだ恵まれているんだという気持ちになれます。要は今の自分が楽しいか楽しくないか。今の自分が楽しければ他の人が自分よりいい目にあっていても何も気にすることはない。比較するから悔しいとか、負の感情にとらわれるんじゃないですかね。

 -比較しない心は強い。

 ある意味、自分との戦いです。僕はゴルフが好きなんですけれど、やるときに今日はハーフを45でまわろうと目標を立てるんです。ボギーペースで。でも、48とか50だったとしましょう。他の3人より良いスコアだったとしても「勝った」とはしないんです。45を目標にしていたから48や50だと「今日は負け」。逆に43でまわったとします。ほかの人がみんなうまくて41とか39だったとしても「今日は勝ち」なんです。自分が立てた目標に対して満足する。他人と比較はしないです。

▼72歳になって

 -「老いじたく」は復刊で初版が52歳のとき。現在は72歳。ご自身として年齢の違いによる比較は。

 70歳を過ぎたら人に迷惑かけないように生きることが一番大切です。そして楽しく生きる。今から自分を磨くなんてことはしたくなければしなくていいし、したければしてもいい。よく60歳、70歳になって大学のエクステンションスクールに通う方がいらっしゃいますけど、行っても講座の内容を覚えることは難しいと思います。僕自身、70を過ぎたらさっき聞いたことも「なんだっけ?」と聞き返すことがあります。

 -先生自身にそういう経験が。

 ずっとです。さっき何を考えてたのかなとか。あと、名前が覚えられないです。例えば映画「ジョーカー」で主演したホアキン・フェニックスって俳優。やっと最近、すっと言えるようになった。若いときは一度聞いたら覚えられたんですけどね。

 -作中人物も一緒に年を重ねて島耕作は相談役です。老いといえば孤独が付きものですが先生が孤独を感じることは。

 それはないです。不思議にない。寂しいなあと思ったことはないですね。

 -幼少期から。

 子供の頃はもしかしたら思っていたかもしれない。鍵っ子でしたから、孤独に慣れてるということかもしれないですね。両親が働いてましたから。家に帰ったら自分で鍵を開けて入る。祖母が1人いましたけど、親とはなかなか一緒になることはなかったです。だからといって家庭的なぬくもりを求めるということも別になかった。

▼読者の期待

 -作品では登場人物の孤独が描かれます。「黄昏流星群」の「星田一夫さんの幸福」は先生ご自身が「かわいそう」だと。かわいそうなことを考えるというのは読者の期待をちょっと裏切ってやろうとか。

 それもありますね。これは難しいとこで。いきなり荒唐無稽なシチュエーションにしたってだれも付いてこないんです。例えば、島耕作は実は宇宙人でしたってやったら「バカにすんな!」って思うじゃないですか。そうじゃなくて本当に必然的にあるというものから作っていかないとダメなんです。それと、ある程度読者に先を期待させたほうが効果があるんです。例えばむかし…映画でなんだっけ…マイケル・ダグラスとグレン・クローズが出た…「危険な情事」!。マイケル・ダグラス演じる不倫男性が家族と帰宅したら子供が「僕のウサギがいないけど、どこ?」って探すシーンがあるじゃないですか。

 -映画は見ましたがパッと思い出せないです。

 うーん(がっかりな表情)。で、僕のウサギどこって言った瞬間に画面は台所でぐつぐつ煮えてる鍋を映すんです。「まさか、この中に」って思いますよね。近づいてふたを開けたらやっぱりウサギが入っていて、うわって恐怖を感じる。ゾンビでもいきなり出るよりもドアの向こうに何かがいるぞって思わせる方がいいんです。怖さが増幅する。ストーリーというのは、あんまり意外な展開よりも見ている側にある程度の期待をさせておいて、その通りになるっていうテクニックも必要なんです。その辺は兼ね合いです。だから、読者を驚かそうという展開もあるし、読者がある程度想像できたようにあえて進むやり方もあるということですね。

▼松下に残ったら

 -最後に。松下にずっといらっしゃったら島耕作のように。

 ああ、それはない(笑)。なれるわけない。社員が30万人ほどいるのに、なれるわけないです。

 -どのくらいまでいたったと。

 普通にいけば課長くらいにはなれるでしょうね。だれでもいけます。部長になったら大出世。部長くらいまではいけたかもしれないですね。

〈WHO’S WHO〉

 弘兼憲史(ひろかね・けんし) 漫画家 1947年山口県出身。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に勤務。約3年勤めて退職。74年「風薫る」で漫画家デビュー。85年「人間交差点」で小学館漫画賞を受賞。91年「課長 島耕作」で講談社漫画賞を受賞。2000年「黄昏流星群」で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。03年日本漫画家協会賞大賞受賞。07年、紫綬褒章受章。著著多数。ワインが大好き。

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