中村玉緒さん 勝新太郎さんのもとへ逝く 86歳、肺炎 22年2月から療養施設「舞台に出たい、明治座に私も」仕事復帰に意欲
俳優の勝新太郎さんの妻で、昭和期は日本映画黄金時代のスターとして、平成期はテレビのバラエティー番組の人気者として愛された中村玉緒(なかむら・たまお、本名奥村玉緒=おくむら・たまお)さんが9日午後3時52分、肺炎のため都内で死去していたことが12日、分かった。86歳。京都市出身。通夜は16日午後6時、告別式は17日午前9時半から、東京・桐ケ谷斎場で営まれる。喪主は長女奥村真粧美(おくむら・まさみ)さん。
勝さんとの別れから29年。玉緒さんが、愛する夫のもとへ旅立った。
所属事務所によれば、玉緒さんは2022年2月ごろ、都内の療養施設に入った。1~2年前から体調は思わしくなさそうだったが、昨年3月ごろには「舞台に出たい、明治座に私も出たい」と仕事復帰に意欲を見せていたという。
その後、先月末に親族から「そろそろ危ないかも」と連絡があったといい、担当者は「老衰に近い形ではないでしょうか」と説明した。最後の仕事は22年撮影の映画「THE RIGHTMAN 正義の男」だった。
玉緒さんは人間国宝の歌舞伎俳優・二代目中村鴈治郎さんの長女として生まれた。1953年に松竹映画「景子と雪江」でデビューし、54年に大映入社。かれんな娘役として長谷川一夫、山本富士子、幼なじみだった市川雷蔵らと共演した。
57年の「大阪物語」では本紙のインタビューに「ボーイフレンドあらしまへん」と答えていたが、共演した勝さんとの結婚を予言したかのように「女の幸せな姿は、やっぱり家庭にあるのが最もふさわしいんじゃないか」とも話していた。
「炎上」、「ぼんち」、「大菩薩峠」3部作などの名作で好演し、60年度のブルーリボン賞の助演女優賞を受賞。数々の作品で共演し、マネジャーを通じてアタックしてきた勝さんと62年に挙式した。
65年に大映を退社すると他社作品やテレビドラマにも数多く出演。81年に勝プロが借金14億円を抱えて倒産すると、玉緒さんは82年に社長に就任し「夫婦仲が冷える間もなかった。やっぱり私は勝にほれてるんだと思います」ときっぱり。勝さんも「玉緒は勝新なしでもいいが、勝新は玉緒なしでは存在しえない」との名言を残した。
私生活でも勝さんの浮気、勝さんや子供の薬物事件などが押し寄せ、97年には勝さんが下咽頭がんで死去。耐え続けた結婚生活だったが、葬儀では「生まれ変わっても勝新太郎と結婚したい」と述べ、感涙を誘った。
借金返済のため働き通しだった玉緒さんは、90年代半ばに「さんまのスーパーからくりTV」や「さんま・玉緒のお年玉あんたの夢をかなえたろかスペシャル」などのバラエティー番組で、天然ボケのキャラクターと明石家さんまとの名コンビで大ブレーク。お茶の間を笑いで包んだ。
19年には長男で俳優の雁龍さんに先立たれる悲運に襲われた。21年にはYouTubeチャンネルを開設して令和の時代にも適応してみせたが、23年2月に背骨を圧迫骨折。表舞台に姿を見せることもなくなった。
勝さんに「会いたい、会いたい」と言い続け、03年の七回忌では「これ(勝さんの妻)で一生だと思います」、13年の十七回忌では「愛していると言ってくれたことがない。向こうに行ったら『愛している』と言ってもらいます」と話していた玉緒さん。今ごろは勝さんの「愛している」を聞いていることだろう。
