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「ピラニア軍団」志賀勝さん通夜 「オレは役者や。映画に出たい」復帰への思い叶わず

祭壇のスクリーンに映る、ありし日の志賀勝さん=京都市・天神川ホール(撮影・飯室逸平)
志賀勝さんの愛用品が飾られた祭壇=京都市・天神川ホール(撮影・飯室逸平)
志賀勝さんの通夜に参列する映画監督・阪本順治氏=京都市・天神川ホール(撮影・飯室逸平)
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 拡張型心筋症のため、3日に78歳で死去した俳優の志賀勝(しが・まさる、本名亀山勝彦=かめやま・かつひこ)さんの通夜が6日、京都市右京区のセレマあんしん祭典天神川ホールでしめやかに営まれ、阪本順治監督(61)ら関係者約100人が参列した。

 長女の亀山奈王美さん(49)によると、志賀さんは10年ほど前にロケ先の静岡で心臓が原因で倒れて以来、脳梗塞(こうそく)を患うなど入退院を繰り返していたという。

 最後の入院は3月19日。亡くなるまでの間、妻の友子さん(71)も体調を崩したのに加え、コロナ禍で奈王美さん、長男で喪主の大さん(48)らも簡単には見舞えず、志賀さんは電話で何度も「何で来てくれへんのや」と寂しさを訴えていたという。

 こわもてで知られた志賀さんだが、奈王美さんは「あんな(怖い)役をしていたとは想像がつかない」と明かすほど、家庭ではやさしいパパだった。亡くなった3日は家族がそろい、容体が落ち着き、輸血を待っていたという。2人の子供が席を外した瞬間、友子さんから「いい息子と娘で良かったね」と声を掛けられ、志賀さんはうなずいて、そのまま旅立ったという。

 最後の出演は2016年2月に撮影し、翌17年3月に公開された映画「よしもと新喜劇映画 商店街戦争-SUCHICO-」で、商店街の店主を取り仕切るフィクサーを演じた。奈王美さんによると、志賀さんは「オレは役者や。タレントとかではない。映画に出たい」と復帰への思いを口にしていたという。しかし、2、3年前には体調から厳しい現実を悟っていた。「お酒を飲みながらよくメモをしていた」という志賀さんが、あるとき「残念だが、もう仕事はできそうにない」と記していたという。

 志賀さんが出演した「新・仁義なき戦い」(00年)、「ぼくんち」(03年)などでメガホンをとった阪本監督は「撮影現場でも、お食事をさせてもらっても、楽しく愉快な思い出しかない。志賀さんが映ってるときは、志賀さんが主演って感じてました」と目を潤ませながら故人をしのんだ。

 京都市出身の志賀さんは、1960年代から数多くの映画作品に出演。やくざ映画や時代劇で活躍した。故川谷拓三さん、故室田日出男さんらと脇役俳優集団「ピラニア軍団」を結成。こわもての風貌を生かし、やくざや殺し屋などの役でインパクトを残した。

 主な出演作に映画「仁義なき戦い」シリーズ、「俺達に墓はない」、テレビドラマ「遠山の金さん」「探偵物語」など。歌手としても活動した。

 告別式は7日午前10時から同所で。喪主は長男大さん。

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