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志村けんさん兄・知之さん 最愛の弟に「おかえり」…遺骨となってようやく親族と対面

 志村けんさんの遺骨を抱く兄の知之さん=東京都東村山市(撮影・堀内翔)
 献花台に花を添える子供=東京・東村山駅前(撮影・中田匡峻)
 たくさんの花やお酒、感謝のメッセージがささげられた献花台
3枚

 29日に新型コロナウイルスによる肺炎のため70歳で死去した、ザ・ドリフターズのメンバーでタレントの志村けん(しむら・けん、本名志村康徳=しむら・やすのり)さんが31日、東京・東村山市の実家に悲しみの帰省をした。感染症予防のため、入院していた都内の病院から斎場に移されて、そのまま荼毘(だび)に付され、遺族らは直接顔を見ることもできなかった。入院中の対面もできていなかった兄の志村知之さん(73)は「何もできなかったです」とやるせない思いを語った。

 最後の別れは、何とも切ないものになった。半世紀以上にわたって国民に笑いを届けてきた巨星が、肉親にさえ臨終の顔を見せることはかなわなかった。東村山市の実家前で取材に応じた知之さんは「何もできなかったです」と肩を落とした。

 知之さんと妻・サヨ子さん(69)ら親族6人は、事務所関係者3人とともに昼ごろに都内の病院へ。安置室で対面したひつぎは閉まっており、顔は見られなかったという。「本人には会えなくてひつぎで別れました。(ひつぎに)何も入れられませんでした」。そのまま斎場に向かう車を見送るしかなかった。

 骨を骨つぼに納める『骨上げ』もできず。感染症対策のため、親族と遺骨を運ぶ車も別々に。実家の庭で初めて葬儀関係者から骨つぼを手渡された知之さんは「持つとまだ温かいです」と寂しそうに語った。

 新型コロナウイルス感染症で死亡した人の遺体については、厚生労働省が外気に触れない納体袋に収容し密封することが望ましいとし、遺体に触れる場合、手袋などを着用させるように通達。志村さんも、通達に沿って移送、火葬された。

 入院中も面会はできずじまい。親族が顔を合わせたのは、2月25日に行われた志村さんの古希祝いが最後になった。遺影は約10年前の笑顔の写真を選んだという。葬儀・告別式は未定だが、コロナ禍が終息した後にお別れ会を予定。知之さんが「みんなで送ってあげたいと思う」と意向を明かすと、サヨ子さんも「駅前の献花台を見て、すごい人だった。日本中の方々が応援してくれていて『すごいニュースになってるんだよ』と声をかけた」と弟の偉大さをかみしめ、感謝を口にした。

 ウイルスに侵されて命を落とした弟と、最後の対面すらできない悲しみ。ひつぎに「よく頑張ったね」と声をかけたという知之さんは「やむを得ないけど、残念」と無念の表情を浮かべ、昨年の正月以来の“帰省”となった志村さんに「お帰りと言ってあげたい」と思いを寄せた。新型コロナウイルスに無関心な人も見受けられる状況には「感染すると怖いということを、自覚を持ってもらいたいですね」。骨つぼを手に「重いね…」としみじみとつぶやいた兄の訴えが無駄にならないことを、天国の志村さんも望んでいるに違いない。

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