ジャニー氏死去 ロス生まれでショービズ界に…半世紀にわたり「ジャニーズ帝国」築く

 ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川(本名・喜多川擴=きたがわひろむ)氏が9日午後4時47分、都内の病院で、解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血で亡くなった。87歳だった。6月18日にくも膜下出血で倒れ、救急搬送され、そのまま帰らぬ人となった。倒れる前日までジャニーズJr.の公演のリハーサルを見学するなど、まさに生涯プロデューサーを貫いた人生だった。

 ジャニー氏は6月18日午前11時30分ごろ、自宅で体調の異変を訴え、病院に向かおうとしたところ、意識を失い、救急搬送された。解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血だった。

 ジャニー氏は1962年の事務所創業以来、初代ジャニーズに始まり、歌手・近藤真彦、少年隊、SMAP、嵐など数多くの男性アイドルを輩出。男性アイドルのブランドを一代で築き、昭和、平成、令和の3時代にわたり名プロデューサーとして手腕を発揮した。半世紀にわたり芸能界を席巻し、日本の少年アイドルの歴史を作り、「ジャニーズ帝国」を築いた。自身が手掛けた最後のメジャーデビューアイドルはKing&Prince(18年5月デビュー)だった。

 ジャニー氏は、高野山真言宗米国別院の僧侶・喜多川諦道さんの次男として1931年10月23日にロサンゼルスで生まれた。その後、和歌山に移ったが、47年に渡米し、ロサンゼルスの高校に進学。現地で日本の芸能人が行う公演を手伝ったことがショービジネスに興味を抱くきっかけとなった。「ジャニー」は当時、アメリカ人から呼ばれた愛称だった。

 父親の影響もあり野球好きで、少年野球チーム「ジャニーズ」を作り、これが初代ジャニーズの前身となった。62年4月に初代ジャニーズを結成、6月にジャニーズ事務所を創業した。

 男性が踊ることは珍しかった時代に、「男版宝塚」を完成させようと独自の感性でプロデュースを続け、60年代後半にフォーリーブス、80年代に近藤真彦…と各世代で人気アイドルを輩出した。

 18年には滝沢秀明氏が芸能界を引退し、ジャニー氏の“後継者”として第二の人生を歩むことを決意。ジャニー氏は「私は驚きと共に嬉しくて涙がこぼれそうでした」と継承者誕生を喜ぶメッセージを寄せていた。

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