あえてMVを“汚す”アーティストの狙い…佐伯ユウスケの場合

 YouTubeの公式チャンネルで音楽を聴いていたら1コーラスが終わったタイミングで突然、CD特典の告知が挿入された…こんな経験はないだろうか。無料動画サイトだけを見てファンが満足しないように、楽曲をあえてぶつ切りにしたり、別の要素を加えたりしてCDやDVDといったパッケージ作品も買ってもらうようにする工夫で、業界内の一部では「汚し」とも言われている。アーティストとしては広く作品や自分を知ってもらうには、フルサイズでMV(ミュージックビデオ)をアップした方が良い反面、ビジネスの事情もある。そうした葛藤を、アニメ「弱虫ペダル」に楽曲を提供し、独創的なMV制作をしているシンガー・ソングライターの佐伯ユウスケに聞いた。

 佐伯は5月9日にシングル「ダンシング」をリリースするが、そのMVの途中に、唐突に出演者による「いす取りゲーム」を挿入している。この間、楽曲は途切れたままで、3回いす取りゲームが進んだところで、再びMVの本編に戻る。

 「今回はフルで(ネットに)上げたいと思ったんです。そうなると製品にMVは入れるので、買った人がなんだよと思っちゃうし、買わなくもなっちゃうし。そこは差別化をしないとねというご意見があって。作品で見られるような切り方をしたいなというのがあって、今回、いす取りゲームをしました」

 予告編的な意味合いでMVをネットにアップする場合は、ショートバージョンとして1コーラスだけのものを公開するのが一般的だが、フルコーラスを聴いてもらいたいという場合には、工夫が必要になる。たとえば他のアーティストでは、星野源はパッケージ版のCDに含まれる「オーディオコメンタリー」などの告知をしているし、EXILE THE SECOND は「YEAH!! YEAH!! YEAH!!」の中で、プールの中で録音したような部分や、楽曲が止まりピザのデリバリーが届くといった演出を入れて単なるフルバージョンのアップにならないように手を入れている。

 佐伯の「ダンシング」の場合は、MVの監督とアイデア出しをしている中で、監督から「大の大人がいす取りゲームをしていたら面白い」という発想が出て、曲のど真ん中で本気のいす取りゲームをするシーンが挟み込まれた。もしも、このいす取りゲームで曲が分断されていない映像がほしければパッケージ版を買ってほしい、というのが狙いだ。

 これから自分を世に売り出したい立場として、佐伯は「まず知ってもらわないといけない」という思いから、特に制約なくフルサイズのMVをアップしてもよいとも考えているという。ただ、CDなどを売ってくれる企業がいることや日本の商習慣も考え「日本で仕事をしている以上、日本のマナーを守らないとと思いますので。そこはすごく迷います」という思いも抱えている。定額聞き放題サービスや、音楽配信が普及する中、そのバランスを取ることもアーティストには求められる。

 ただ、佐伯の場合はMVを「視覚的にも、自分が一番分かってもらえる」舞台ととらえて、また、「人と違うことをしたいという思い」から意欲的に取り組んでいると話す。撮影角度とカメラワークで、舞台の中に配置したオブジェが歌詞テロップのように映ることで話題になったサカナクションの「アルクアラウンド」や、コミック要素を織り込んだ「新宝島」のような他のアーティストからの刺激を受けつつ、MV作品の新たな形を模索している。

 MVはかつてプロモーションビデオ(PV)と呼ばれていたように、そもそもは音源を宣伝するためのものだった。それがネット環境の普及で、PVそのものが製品版と遜色ない音源としてとらえられるようになった。商売の邪魔にならないよう、しかも見る人にとって面白いと思ってもらえて、楽曲の宣伝になる。そんな工夫もアーティストは求められる。

 今回取材に協力してくれた佐伯は「いい意味で遊びとして使っていけたらいいなと思っていますね。頭が固くなってしまってはいけないと思うので、海外もそうですけど、他のアーティストさんがやっていることも取り入れていけたらいいなと思います」とMVをどう“汚して”いくか、思考を巡らせていた。

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