文枝、ヤンタンでブレークした50年前を回想「売れたいという気持ちが強く…」

 落語家・桂文枝(74)が13日、大阪・MBSで、ラジオ冠番組の特別版「桂文枝の茶屋町ホテル 芸能生活50周年記念SP」の生放送を行った後で取材に応じた。同局のラジオ深夜番組「MBSヤングタウン」出演でブレークのきっかけをつかんだ50年前を回顧し、師匠の5代目文枝さんや、番組の名物プロデューサーだった故渡辺一雄さんへの感謝の思いを述べた。

 文枝は弟子入り間もない「ヤングタウン」出演が決まった67年当時を「師匠が、吉本興業に頼まれた、お前行って来いと言っていただきました」と振り返った。

 名前が広く知られ、ブレークした番組について「23歳と遅い入門でしたので、若い先輩もいる中、おこがましいですが、すごく売れたいという気持ちが強く、ここで頑張らんとと思いました」と当時の心境を明かした。

 「人気者になりたくて『いらっしゃーい』はじめいろいろなギャグを考え、コーナーの企画も考えて渡辺さんに持っていくと、渡辺さんは駆け出しの落語家の話を聞いてくれて、おもろいなと言ってくださったんです」

 当時は「大阪のラジオは東京に比べて遅れていたので、どうにか東京で人気があった土居まさるさんら、東京のラジオで活躍する人に勝ちたかった」と、ライバル心を燃やしていたことも明かした。

 やがて「ヤングタウン」をきっかけに、TBS「ヤングタウンTOKYO」がスタートしたことを「東京でも名を知っていただけるきっかけになりましたが、それもMBSの『ヤングタウン』があったからです」と感謝していた。

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