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船村徹さんの妻 突然の死に心の整理つかず 前日はカレーうどんを大きな丼で

会見する佳子夫人(左)と小西良太郎音楽プロデューサー(右)=藤沢市内(撮影・棚橋慶太)
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 16日に死去した作曲家・船村徹氏(享年84)の妻・福田佳子さん(78)が17日、神奈川県藤沢市内の自宅前で会見し、亡くなる直前の同氏の様子や思い出を明かした。

 佳子さんよると、船村氏が亡くなった16日午前10時に長男・蔦将包氏の妻・さゆりさんが様子を見に行ったところ「なんともなかった」という。もう一度11時ごろに様子を見に行ったところ「ベットのはじに座ったみたいな形でうつぶせになっていた」という。さゆりさんが「風邪をひきますよ」と声をかけたところ「ちょっとおかしい」と訴えがあり、救急車で藤沢市民病院に搬送し、人工呼吸などの治療を施したが、帰らぬ人となった。

 佳子さんは「(亡くなる)前の日にカレーうどんを大きな丼で食べていました。食欲はありました。1月18日に文化勲章のお祝いの会があったのに、ビックリしています。まだピンと来ません。涙も出ません」と同氏の突然の死にまだ心の整理がつかない心境を明かした。

 同氏は昨年5月に心臓の手術を受け、自宅で静養していた。佳子さんは「筋肉は弱っていたけど、食欲と脳はしっかりしていましたよ」と明かし、自宅で作曲活動も行っていたという。遺作となってのは最後の内弟子、歌手の村木弾(37)の2枚目のシングル「都会のカラス」(作詞・舟木一夫、4月19日発売)で偶然にも17日がレコーディング日で、無事に録音を終えた。

 さらに佳子さんは「船村が尊敬していた兄の健一の命日がきのう(16日)だったんです。お兄さんが『もうそろそろいいんじゃないか』とお迎えに来たのかもしれません」とも明かした。

 佳子さんは船村氏を「ダンナさんとしては最低ですけど、作曲家としては最高。尊敬しています」という。家では大げさに騒々しく痛がったりするんのも「船村流の照れ」だという。佳子さんは「一緒になった最初のころに水ギョーザを作ってくれたんです。『おいしい』と言ったら『週に1回作ってあげるよ』っていったのに、それが結局は最後でした。割と料理をする人でカレーが上手だった」と亡き夫をしのんでいた。

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