内藤寛太郎が感涙初V 44歳4カ月で悲願達成 福島県勢ツアー初制覇「福島が少しでも盛り上がってくれたら」
「男子ゴルフ・ANAオープン・最終日」(20日、札幌GC輪厚=パー72)
単独首位で出た内藤寛太郎(ロピア)が8バーディー、2ボギーの66で回り、通算25アンダーでツアー初勝利を挙げた。44歳4カ月での初優勝はツアーで5番目の年長記録(招待選手を除く)。通算25アンダーは1994年の尾崎将司と、2024年の岩崎亜久竜を5打塗り替える大会新記録。福島県出身者の優勝は初めてとなった。2位は通算20アンダーの佐藤大平だった。
「苦しいこともいっぱいあったけれど、プロゴルファーをやっていて、本当によかった」。内藤は涙ながらに、しみじみと語った。東北福祉大卒業後は、プロを諦めきれずにゴルフ用品店に勤めながら練習。プロテストに合格後も、スポットライトには程遠かった。今季も前戦までのポイントランクは71位だった。
この大会をこよなく愛して7度勝ったジャンボの記録を5打も更新して勝ったのだから、他の選手たちもびっくり。勝利のウオーターシャワーには、人柄にひかれるように30人ほどが集まった。
3日目にはスタート前の練習中にぎっくり腰になった。最終日も痛みは治まらず、クラブを振り切るどころではない。八つのパーもピンチばかり。だが「アプローチとパッティングに集中するしかない」と腹をくくったことが、逆によかった。
「ずっと勝てなくて、つらかった。若い選手がどんどん出てきて、今日も(同組の)香妻陣一朗の3番ウッドより僕のドライバーの方が飛ばない。でも、優勝しないまま終わりたくなかった」
毎年シーズン終盤が近づくと、来季に向けた予選会(QT)のことを考えてきたが、これでシードは安泰。9ラウンド連続60台で、72ホールの自己最多アンダーパー記録(これまでは19アンダー)も更新した。
バーディーを取っても恥ずかしそうに軽く手を上げるだけ。ANAの客室乗務員に囲まれての記念撮影では、はにかみながらポーズをつくった。「これで福島が少しでも盛り上がってくれたら」。東北人らしい我慢強さで、ようやく実りの季節を迎えた。
◇内藤寛太郎(ないとう・ひろたろう)1982年5月20日、福島県郡山市出身。14歳のときにゴルフを始め、東北福祉大に進学。2006年にプロテスト合格。08年ACNツアー初出場の静ヒルズトミーカップで優勝し、同ツアー通算3勝。レギュラーツアーでは20年日本オープン選手権で3位に食い込むなど、シードを獲得。172センチ、77キロ。
