元大関の十両・照ノ富士が休場 再出場なければ幕下転落確実 左膝負傷
「大相撲夏場所・4日目」(16日、両国国技館)
元大関の東十両8枚目・照ノ富士(伊勢ケ浜)が左膝外側半月板損傷の診断書を提出し、4日目から本場所を休場した。
診断書には「本日より5月場所の休場を要する」とあり、再出場できなければ幕下転落が確実となる。大関経験者が幕下で相撲を取った例は昭和以降ではない。
今場所は初日から3連敗と元気な姿を見せられていなかった。
モンゴル出身の照ノ富士は鳥取城北高校への留学を経て、当時の間垣部屋に入門。11年5月に行われた技量審査場所で初土俵を踏んだ。その後、部屋の閉鎖に伴い伊勢ケ浜部屋に移籍。13年秋場所で新十両昇進を果たし、このタイミングでしこ名を入門当初の「若三勝」から照ノ富士に改めた。14年春場所で新入幕。関脇で臨んだ15年夏場所で初優勝し、同時に大関昇進も決めて脚光を浴びた。
しかし、大関では優勝できず17年秋場所で大関陥落。関脇で臨んだ続く九州場所も途中休場し、今年の初場所も休場を含む8敗7休と白星を挙げられず、十両にまで番付を落としていた。昭和以降で大関経験者が十両に転落したのは大受、雅山、把瑠都に次いで4人目だった。


