池谷公二郎さん通夜 広島OBが悼む 山本浩二氏「寂しいね。でも、本当によく頑張ったんじゃないかなと思う」安仁屋宗八氏「天国からもカープにどんどん喝を入れてほしい」

池谷公二郎さんの通夜に参列する山本浩二氏(撮影・北村雅宏)
池谷公二郎さんの通夜に参列する天谷宗一郎氏(撮影・北村雅宏)
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 29日に、多発性骨髄腫のため74歳で亡くなった元広島投手の池谷公二郎さんの通夜が30日、広島市内の斎場でしめやかに営まれた。山本浩二元監督や安仁屋宗八氏、野村謙二郎氏、佐々岡真司氏ら、多くの広島OBが参列し、故人をしのんだ。

 ◆山本浩二元監督◆

 「寂しいね。でも、本当によく頑張ったんじゃないかなと思うよ。病気が発覚してから10年ぐらいでしょう。いろいろと奇跡を起こしてきたし、本当に頑張ったと思う。

 現役の時から家族ぐるみの付き合いをしてね。現役を辞めてからも監督とコーチの間柄でしょう。それにプライベートでもいつも一緒で、飽きるくらい会っていたわけだから。こんなに辛いものはないね。

 今週の日曜日かな。ベッドの上から「誕生日おめでとうございます」って電話をくれたのよ。「人生を楽しんでください」と言うんだよ。「お前、自分の体の方が大変だろ」っていうね。それほど人一倍、人に気を使うやつでね。だからこそ、みんなに惜しまれて今日を迎えているわけだから。本当によく頑張ったんじゃないのかな」

 ◆野村謙二郎◆

 「本当につい最近、病院にお見舞いに行ったときには、しっかりお話もできていたんですけど、こんなに早く亡くなってしまって残念です。

 現役時代、1991年に優勝したときはコーチをされていて、よくられもしましたけれど、よく褒めてもいただきました。その後も一緒に仕事をさせてもらって、いろいろと勉強させていただきました。とにかく人にはすごく優しく、自分には厳しい方でした。本当に今日これだけたくさんの方が来られていて、みんなに愛されたんだなとつくづく感じます。

 とにかくあれだけの大病をされて、何度もテレビ(解説)に戻ってこられたのは、本当に野球が好きだったからだと思うんですけれど、普通ではあり得ないことです。本当に強い方だなと思います。もう肩の力を抜いて、ゆっくり休んでくださいということだけですね。」

 ◆佐々岡真司◆

 「僕が1年目に入ってきたとき、投手コーチに北別府さんがおられたんです。本当に厳しかった。誰よりも、僕にプロとしての自覚を持たせるために、厳しく接してくれました。

 僕が小学生の時、初めて広島市民球場に行って試合を見た時の先発ピッチャーが、池谷さんだった。あの当時はブルペンが外にあったので、目の前で投球練習を見て、すごく速いな、と思ったのを覚えています。

 本当に厳しい練習の中で、少しでも手を抜こうとすれば怒られました。ダッシュひとつにしても最後の一歩までしっかり走れと。とにかく練習の中では、厳しい言葉しか覚えていないくらいです。でも、だからこそ今の自分があると思っています。長年、コーチと選手として、時にはけんかというか、言い合いもしながらやってきましたけれど、本当にありがとうございましたと伝えたいです」

 ◆安仁屋宗八◆

 「現役時代からずっと家族ぐるみの付き合いだったんですよね。自分が兄貴分みたいな感じで、オフになったらキャンプ(旅行)へ子どもを連れて2、3日泊まりに行ったり、よく一緒に釣りをしたりしていましたから。本当に身内のような付き合いだった気がします。彼はもう、くそ真面目で。ものすごく真面目なんです。そういった性格が、人付き合いや指導にも出ていました。指導者としても厳しい、いいコーチでした。

 もう一回、彼と一緒にカープの優勝を放送したかったなというのが、一番の心残りです。早過ぎますよ。彼はすごく厳しくて、頑固一徹でしたから。それをあちらでも貫いてほしい。天国からもカープにどんどん喝を入れてほしいです」

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