安仁屋氏 あの甲子園で一緒だった阪神・西純矢に助言 野手転向に「バット振ること忘れるな」
昨オフから野手に転向した阪神・西純矢外野手が、10日のオープン戦・西武戦(甲子園)で途中出場し、同点の八回に勝ち越し適時打を放った。西純と縁がある広島、阪神OBの安仁屋宗八氏は「バットを振ることを忘れるな」とエールを送った。
2018年夏の甲子園では100回大会を記念し、レジェンド始球式が行われた。8月15日の終戦の日に登場したのが沖縄出身の安仁屋氏だった。「終戦の日に始球式をさせてもらえることは、幸せの1ページ。一生の思い出です」と振り返る。同氏は当時、創志学園の2年生エースだった西純と聖地のマウンドを幸せな時間を共有した。
安仁屋氏の投球を見つめていた西純は、19年度ドラフト1位で阪神に入団。順調に成長していたが、25年に右肘を痛めて投手を断念した。昨オフから野手として育成契約を結び、再び夢舞台を目指している。
長年プロ野球を見てきた安仁屋氏は、広島で79年度ドラフト1位入団の片岡光宏の例を挙げた。片岡は、安仁屋氏の現役時代のライバルだった外木場義郎氏の背番号「14」を受け継いだ期待の右腕だった。プロ2年目に1軍昇格を果たしたが右肘を痛め、6年目から野手に転向した。
「ようバットを振っとったよ。まあ、あの当時のカープはみんな振るというより振らされていたけどね」。安仁屋氏は、猛練習に明け暮れていた当時を懐かしそうに振り返った。
片岡は野手転向2年後の87年に1軍昇格。66打数21安打で打率・318をマークし、4番にも起用された。翌88年には自己最多の10本塁打を放つなど結果を残した。
安仁屋氏は「古くは王(貞治)さんや柴田(勲)もプロで野手に転向している。(鈴木)誠也もそう。プロに入る子は高校時代にエースで4番というセンスのある選手が多い」と語る。「西は広島出身だし応援したいよな。まだ若い。バットを振ることだけを忘れず頑張ってほしい」とエールを送った。





