張本勲さん死去 「おい、これ」オープン戦で被弾、手渡してくれたホームラン賞 うれしかったし、今でも覚えている【安仁屋宗八氏悼む】
プロ野球の東映(現日本ハム)、巨人、ロッテで活躍して歴代最多の通算3085安打を放ち「安打製造機」の異名を取り、引退後は解説者として活躍し「球界のご意見番」としても人気を集めた張本勲さんが9日、東京都の病院で死去した。日本プロ野球名球会が10日、発表した。86歳。広島市出身。1カ月前にはテレビ出演で元気な姿を見せていたが、急な旅立ちとなった。偉大な野球人に球界内外から悼む声が寄せられ、デイリースポーツ評論家の安仁屋宗八氏が悼んだ。
◇ ◇
張本さんとの出会いは、ワシがプロ入りする前だった。都市対抗が終わって沖縄に帰る途中、東映(現日本ハム)のスカウトに、平和台球場で行われた西鉄(現西武)戦に招待された。その時、三原監督や主力打者として活躍していた張本さんからサインボールをもらった。
結局、広島に入団したので、張本さんと同じチームになることはなかった。ただ、福山市民球場の東映とのオープン戦で張本さんにホームランを打たれたことがある。試合後、帰り際に会うと「おい、これ」と、そのホームラン賞でもらった2千円を渡してくれた。「頑張れよ」という意味でくれたんじゃないかな。うれしかったし、今でもよく覚えている。
ワシが阪神に移籍した翌年の1976年に張本さんが巨人へ移籍され対戦もした。痛い一打を浴びた記憶はあまりないが、セーフティーバントを決められたことがあった。「まさか」と思ったし、足も速かった。打つだけの選手じゃなかった。
現役を引退されてからは、解説者として故郷の広島にもよく来られていた。ベンチにいるといつもあいさつをしに来てくれた。大打者なのに、そういうところを大切にする人だった。
心からご冥福をお祈りします。
