救援投手でありながら完封勝利を記録した投手は?【プロ野球記録企画】
デイリースポーツの記録担当がプロ野球のさまざまな記録をひもとく新企画「記録の向こう側」(随時掲載)がスタート。今回は救援投手でありながら完封勝利を記録した投手を取り上げる。
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1972年5月9日の阪神-大洋戦で、阪神の先発マウンドには若生智男が上がった。一回先頭の重松省三、続く中塚政幸に連打され、無死一、三塁のピンチを迎える。この場面で若生が故障し、降板。代わって緊急登板したのが上田二朗だった。
上田は3番の松原誠以下、江藤慎一、シピンをすべて内野ゴロに仕留め、ピンチをしのいだ。
勢いを得た上田は、大洋打線を牛耳っていく。四回松原に二塁打、九回江藤に左前打されただけという、万全の投球だ。阪神は六回に藤井栄治の犠飛で挙げた1点が決勝点になった。
ところで、リリーフ投手の上田になぜ、完封勝利が記録されたのか。公認野球規則9・18では「1回0アウト無失点のときに代わって出場した投手が、無失点のまま試合を終わった場合に限って、完投投手ではないが、シャットアウトの記録が与えられる」と定めている。それが適用された、珍しい記録達成となった。(デイリースポーツ・高野 勲)
答え…上田二朗(阪神)
