2年続けて、九回2死からノーヒットノーランを逃した初の投手は?【プロ野球記録企画】
デイリースポーツの記録担当がプロ野球のさまざまな記録をひもとく新企画「記録の向こう側」(随時掲載)がスタート。今回は「2年続けて、九回2死からノーヒットノーランを逃した初の投手」を取り上げる。
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ロッテの仁科時成は、アンダースローの技巧派。80年代のチームを、村田兆治とともに支えた。
83年8月20日の近鉄戦(川崎)に先発した仁科は、切れのあるシンカーをコーナーに丁寧に集め、抑えてゆく。初回の3人をいずれも内野ゴロに仕留め、波に乗った。許した走者は2失策と敬遠のみ。九回2死までノーヒットで来たが、仲根政裕に右前打を喫し、快挙を逸した。続く栗橋茂に四球を許し、初のピンチに立つ。ここで二塁走者の代走、藤瀬史朗をけん制で刺し、白星はつかんだ。
翌年84年5月29日の近鉄戦(日生)でも、仁科は序盤から飛ばした。三回1死で初の走者を四球で出したが、終盤まで危なげない投球を続ける。九回1死、失策で久々に走者を背負ったが、2死にこぎ着ける。ところが平野光泰に左前打され、またも大魚を逃した。
ノーヒットノーランを2度以上達成した投手は10人いるが、仁科のように九回2死から逃した経験を複数回経験したのは、ほかに02年と05年の西口文也(西武)のみ。2年連続となると仁科だけだ。
近鉄との縁は、現役晩年にまで続く。88年に「10・19」と語り継がれるダブルヘッダー第2試合にも登板。4-4の同点で迎えた九回表、2死から大石大二郎に二塁打されたところで降板した。
仁科はこの年限りで引退。ロッテ在籍110勝は7位タイだ。記録にも記憶にも残る投手だった。(デイリースポーツ・高野勲)
答え ロッテの仁科時成
