何度「すとく」と言われたことか 崇徳50年前センバツVのOB小川達明氏がエール 全国に知ってもらう絶好のチャンス

センバツへ向けて意気込む崇徳ナイン
現役時代の小川達明氏=1984年8月4日、広島市民球場
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 「第98回選抜高校野球大会」(19日開幕・甲子園)に、崇徳が33年ぶりに出場する。同校のOBで広島やダイエー(現ソフトバンク)で活躍した小川達明氏(67)が、デイリースポーツの取材に応じ、母校にエールを送った。小川氏はセンバツ優勝を果たした1976年に「3番・中堅手」として出場した。今大会の崇徳は、第1日の第3試合で、八戸学院光星(青森)と対戦する。

 選抜出場が決まったとき、本当にうれしかったし、よくやってくれたと思いました。何年も「崇徳は強い」と言われながら、甲子園にはずっと手が届かなかった。3年前くらいまで、母校のコーチをしていたり、昨年まで私がやっていた野球教室の生徒がメンバーに入っていたりします。喜びはひとしおです。

 去年夏の広島大会、広陵との決勝で九回に同点に追い付かれ敗れました。あの試合を見終えて、野球の神様が試練を与えたんだと思いました。

 その試練を乗り越えたチームは、たくましくなりました。エースの徳丸君は本当に良い投手です。制球力があって、1試合を投げきれるスタミナも十分。何より度胸が良い。甲子園で全国の強豪に勝つためには、強気の姿勢が必要。気後れすることなく、腕を振ってくれるでしょう。

 私は1976年のセンバツに出場しました。今は崇徳を「そうとく」と読んでもらえますが、当時は正しく読んでもらえませんでした。何度「すとく」と言われたことか。今大会の出場は、改めて崇徳の名前を全国に知ってもらう絶好のチャンスです。

 初めて甲子園のグラウンドに入ったとき、広さに加え、何よりそのにおいを今でもはっきりと覚えています。黒土と緑がきれいな芝生が、独特の香りを醸し出していました。プロとなり、再び甲子園でプレーしました。でも18歳の時に感じたにおいとは別物でした。高校生にとって甲子園に出ることは特別なんです。

 76年のセンバツで私たちは優勝しました。個々に力があり、それぞれが良い結果を出せば、チームとして強い。特にセンターラインがしっかりしていた。エースは黒田(元ヤクルト)、捕手は応武(元早大監督)。応武は盗塁をされたことがほとんどなかった。遊撃には山崎(元広島)がいた。守備は本当に堅かった。攻撃は機動力が武器でした。

 甲子園に出場する学校は、どこも強敵です。良い投手と対戦すれば、連打は難しい。今大会でも隙を突いた走塁や、安打が出なくても得点を奪う攻撃をしてもらいたいと思います。

 今チームは昨秋に明治神宮大会に出場しています。惜しくも初戦で花巻東に1-3で敗れましたが、全国の強豪相手と互角に戦った経験は、今大会に必ず生きると思います。

 緊張はします。でも、試合が進めば、その糸はほどけます。崇徳はチーム力があります。結果は後からついてくるので、目の前のプレーに全力投球することが大事です。

 今回はテレビで声援を送ります。甲子園での勝利は、私たちが出た76年の夏の甲子園以降、遠ざかっています。その年月は50年にもなりました。誰もが初めての甲子園。勝敗を気にせず、悔いのないように戦ってほしい。そうすれば結果はついてきます。私もしっかりと応援します。(崇徳OB・元広島外野手)

 ◇小川達明(おがわ・たつあき)1958年12月27日生まれ。広島市出身。外野手。右投げ右打ち。崇徳3年時の1976年センバツで優勝。チームメートには黒田真二、応武篤良、山崎隆造らがいた。同年のドラフトで広島から5位指名を受ける。広島では13年間プレーし、89年オフに金銭トレードでダイエー(現ソフトバンク)に移籍。90年に現役を引退した。NPB通算548試合に出場、113安打、打率・252、15本塁打、79打点、9盗塁。

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