横浜、ロッテで監督、近藤昭仁さん死去 60年開幕控えから日本一&シリーズMVP

18連敗を喫して球場から引き揚げるロッテ・近藤監督=1998年7月8日
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 横浜(現DeNA)、ロッテで監督を務めた近藤昭仁(こんどう・あきひと)さんが27日午前1時23分、敗血症性ショックのため川崎市内の病院で死去した。80歳。香川県出身。葬儀・告別式は4月1日正午から横浜市鶴見区鶴見2の1の1、総持寺三松閣で。喪主は妻由紀子(ゆきこ)さん。

 早大から1960年に大洋(現DeNA)に入団。引退後は大洋、ヤクルト、西武、巨人のコーチを務め、93年に横浜の監督に就任した。97年からはロッテの監督を務め、98年にはプロ野球記録となる18連敗を喫した。

 近藤さんの名を球史に残したのは1960年の活躍だ。この年、大洋に入団。チームは前年まで6年連続で最下位に沈み、西鉄(現西武)の黄金時代を築いた三原脩を新監督に招聘(しょうへい)していた。いきなり開幕6連敗すると、控えだった近藤さんが二塁手に抜てきされる。小柄だが強気。守備良し、勝負強い打撃、俊足、そして鋭い読みと勘の良さを生かしてリーグ優勝に貢献した。

 大毎(現ロッテ)との日本シリーズはストレート勝ち。近藤さんは第3戦で九回に決勝本塁打を放ち、第4戦は五回の適時打でチームを1-0の勝利に導いた。通算3安打で最優秀選手(MVP)をさらった。

 “魔術師”と呼ばれた三原監督の野球は「ときに応じて一流をしのぐ超二流」の選手が必要とし、その超二流の存在を示したのが近藤さんだった。最も驚かせたのは売り出し中のお姫さま女優北沢典子(本名由紀子)さんを射止めて結婚したこと。童顔ながら“超一流の腕”を持っていた。

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