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ソフトバンク・内川手記 互いにリーグ優勝してもう1度日本S戦いたい

 トロフィーを高々と掲げる内川(撮影・棚橋慶太)
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 「日本シリーズ・第6戦、ソフトバンク4-3DeNA」(4日、ヤフオクドーム)

 主将として初めて日本シリーズに出場し、チームを2年ぶりの日本一に導いたソフトバンク・内川聖一外野手(35)が手記を寄せた。2年前は直前で故障離脱して立てなかった舞台。この日は九回に起死回生の同点ソロを放った。自身3度目の日本一を達成した胸の内をつづった。

  ◇   ◇

 やっと、少しは恩返しできたかなと思える。左手親指を骨折して7月末から2カ月間、離脱した。リーグ優勝の瞬間はグラウンドにいられなかったけど、日本一への戦いの舞台を用意してくれたチームメートには本当に感謝している。

 主将になった2015年は、日本シリーズ直前にあばら骨を折って出場できなかった。今年は何とか無事にシリーズを迎えたい。そう思っていた中でDeNAとの対戦が決まり、周りから「古巣との対決」と言われた。余計な意識が入り込まないよう、無意識にガードしていた自分もいたと思うが、今はすっきりした解放感がある。

 横浜には恩がある。大分工1年秋の時に左のかかとの骨に穴が開く病で手術した。その僕をドラフト1位で指名してくれた。1年目で開幕1軍に入れたけど、レギュラーをつかみかけては手放した。07年オフには母(和美さん)に電話で「やめるから」と言ったこともある。「好きで野球を始めたのに、嫌いになってまでしなくていい。やるだけやったんでしょ?」。ハッとした。本当にやりきったのだろうかと。

 そのとき出会ったのが打撃コーチに就任した杉村繁(現ヤクルトコーチ)さんだ。レギュラーになり、首位打者のタイトルまで取れた。翌年はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にも出られた。日の丸のユニホームを着る夢もかなった上に、世界一も経験した。あの2年がなければ、今の僕はない。

 WBC後、チームに戻るとギャップに苦しんだ。レギュラー、主力と立ち位置が変わるにつれ、自分の成績だけでは満足できずイライラが募り始めた。でも誰もチームが強くなるすべを知らない。フリーエージェント権を得て、自分が選んだチームに行けるのは最後だと思った。優勝争いをどういう感覚でやるのか知りたい。もう一つ、野球を始めてから僕を見てくれた大分の人に、生で観戦してもらえる環境は九州のチームに行くことだと思った。

 移籍1年目、横浜との交流戦で「ブーイング」を浴びた。自分の発言でファンを怒らせたこともある。でも、横浜を嫌いになったことはない。今でも自宅に当時の帽子やユニホームを飾っている。自分がいた証しだから。今のDeNAの選手たちには、僕がいたときにはできなかった、ファンが日本一を夢見るチャンスをつくってくれて感謝している。だからこそ思う。互いにリーグ優勝して、もう一度日本シリーズで戦いたい。そのときは、僕の中でまた新たな感情が生まれるのではないかと思う。(福岡ソフトバンク外野手)

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