【スポーツ】萩野骨折で芽生えた闘争心

 「骨折が治ると以前より強くなる」という説は迷信だと聞くが、挫折からはい上がったアスリートの“心の骨”が以前よりずぶとくなることはある。

 来夏の主役候補が、東京・巣鴨の住宅街の一角で復活への第一歩を踏み出した。高校3年だった12年ロンドン五輪で、競泳男子400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得した萩野公介(21)=東洋大。11月20~23日に行われた東京スイミングセンター招待記録会で、右肘の骨折から5カ月ぶりに復帰し、7種目中6種目で1位となって健在ぶりを見せた。

 結果以上に目を引いたのが、レースでの姿勢、発言だった。特に本命種目である400メートル個人メドレーが行われた最終日に、優勝した萩野を囲む形で行われた取材。同種目で、今夏の世界選手権で金メダルを獲得した瀬戸大也について話を振られた後のコメントだ。

 「大也は一番のライバル。大也の存在が自分の中でどれだけでかいか。大きな発奮材料になっている」、「今回は一緒に泳げなかったけど、大也がいたらどういう展開になっただろうと考えながら泳ぎました」

 私が競泳担当になってから1年、萩野の口から、瀬戸に対してここまで強い言葉を聞いた記憶はない。同い年のライバルとして注目されることが多い2人だが、闘争心をむき出しにするのはどちらかというと瀬戸のほうで、「(萩野)公介には負けたくない」、「公介がいるから頑張れる」としばしば口にし、またそれを発奮させて結果につなげている。今夏の世界選手権も「公介がいないレースなので必ず1位を取る」と宣言し、有言実行を果たした。

 一方で萩野は「大也も含めた世界のライバルたちに勝ちたい」「それよりも自分の泳ぎができれば結果はついてくる」など、はぐらかすようなコメントをする印象が強かった。もっとも内心では闘志を燃やしていたのかもしれないが、少なくとも言葉として強く表に出すことはなかった。

 泳ぎも発言もそつがない“優等生”の萩野に対して、日本水泳連盟の競泳委員長であり東洋大の監督でもある平井伯昌コーチ(52)は事あるごとに厳しい言葉を投げかけていた。「同じ練習をしていても人よりも泳げてしまうので必死さが見えない。もっとがむしゃらにやらないと」。世界選手権から帰国した後も「なぜこの夏、瀬戸大也が金メダルを取って自分は出場できなかったのかよく考えて欲しい」と眉間にしわを寄せていた。

 リオ五輪での金メダルが有力視され、順風満帆に見えた萩野に転機が訪れたのが今年の6月。フランス・カネでの合宿中に起きた右肘骨折のアクシデント。瀬戸が世界の頂点に立った時、自身はどん底にいた。

 レースに出場できない間は東洋大でマネジャーを務め、裏方の仕事に徹した。また新チームからは主将に就任し、メンバーをまとめる立場になった。関係者は「今まで自分のレースや練習のことばかり考えていたと思うけど、他の人のことまで考えることはなかったのでは。しかも部員は年頃の学生なので、競技以外でもいろいろあるからね」と話す。萩野本人も「キャプテンの仕事は想像以上に大変で、夢にまで出てくる」と打ち明けている。

 5カ月を経て、トップスイマーになって以降、最大の挫折を味わった萩野の何かが変わった。平井コーチも復帰戦の姿に目を見張っていた。「いつものスマートな萩野ではなく、ゼェゼェハァハァ言いながらゴールする必死な萩野が見られた。あれが競泳選手本来の姿なんじゃないかと思う」。今まで見たことのない闘争心むき出しの泳ぎに、北島康介を育て上げた名伯楽もご満悦だった。

 11月27日からはスペイン・グラナダでの高地合宿を敢行中。萩野は「死に物狂いで頑張りたい」と言い残し出発した。以前に増して、闘争心をむき出しにした萩野と瀬戸による競泳界の“名勝負数え歌”。リオ五輪がますます楽しみになった。(デイリースポーツ・藤川資野)

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