いまだ受け入れられぬ後藤騎手の死

 通勤電車の中、あるいは仕事が一息ついたちょっとした時間や布団に入り眠りに落ちる前…この1週間、ふとした瞬間に彼のことが頭に浮かぶ。2月27日にこの世を去った後藤浩輝騎手のことだ。

 個人的に深い付き合いがあったわけではないが、当然、約15年間の関東での現場記者時代には何度も接する機会があった。彼が岡部幸雄元騎手らと年末まで激しい関東リーディング争いを演じていた2000年。同学年の彼に「そろそろベテランをやっつけて、オレらの世代の人間がトップを獲ってくれよ」と、ハッパをかけていたものだ(最終的には2位に終わった)。

 もちろん悲しみや何とも言えない喪失感もある。だが、彼のことを考えるときに浮かぶのは“なぜ?”という思いがほとんどだ。もっと大きく言えば、人間の心の危うさや命のはかなさといった類いのことを考えてしまう。そして、何となく(自宅から比較的近い)阪神競馬場の献花台に足が向かっていた。

 8日の阪神競馬場。悲報から1週間以上が過ぎているが、絶えることなくファンが訪れ、遺影の前でそっと手を合わせていた。多数の献花もされていたが、“お膝元”の中山競馬場では恐らくもっとすごい数なのだろう。あらためてファンに愛された男であることを実感した。

 昨年末の有馬記念の時には寒空の下、徹夜で中山競馬場に並ぶファンにカイロを差し入れしたというのは有名な話。とにかくファンサービスを大事にする男だったので、直接、彼と触れあった機会のある人も多いはずだ。そしてまた、競馬というのはスポーツであると同時にギャンブルでもある。「あの時は馬券を獲らせてもらったなあ」とか、またその逆もある。競馬ファンは、おのおのが彼との(一方的である場合が多いだろうが)思い出を有しているのだろう。

 個人的に思い出すのは、01年秋の栗東トレーニングセンター出張時の出来事だ。その前の週だったと思う。彼はステイゴールドに騎乗して京都大賞典に挑んだ。当時の日本最強馬テイエムオペラオーを抑えて真っ先にゴールを駆け抜けたのだが、その直前に気性難の同馬が左によれてしまい、すぐ後ろにいたナリタトップロードが転倒。渡辺薫彦騎手を落馬させたことで失格処分になった。

 栗東トレセンに出張していた記者は仕事を終え、懇意にしてもらっていたトップロードの東厩務員を訪ねようと沖厩舎に向かっていた。すると、関東所属で栗東にはいるはずのない彼が、スーツ姿で厩舎から神妙な面持ちで出てきたのだった。確か「来てたんだ」の問いかけに「うん、まあね…」と苦笑いで返してきた程度のやりとりしかなかったと思うが、すぐに彼が謝罪に訪れていたことが分かった。頑固で知られるベテランの東厩務員が「アイツは素晴らしい。あんな律義な青年はそうはいない」と感心していたのを思い出す。

 デビュー後、成績が上がらない時期に決意した単身でのアメリカ武者修行をはじめ、近年の度重なる落馬負傷からの復活。自らの努力で何度も何度も苦難を乗り越えてきた、(我々の知る限りでは)非常に強い精神力の持ち主だった。

 亡くなる10日ほど前には福島県いわき市の小学生に夢の大切さを教えていた。そして、前夜にはいつも通りフェイスブックに笑顔の写真をアップしてファンに日々の生活を報告し、土日には15鞍もの騎乗が決まっていた。そんな男がどうして突然、愛妻と幼い娘を残して、自らの命をたつ必要があったのだろうか。

 「ずっと考えていたわけじゃないと思う。色んな人に気遣いや準備をする人ですから。何も言わずに、こういうことをする人じゃないと思う。突発的な何かがあったんじゃないかな」。そう話したのは家族ぐるみで付き合いのあった福永祐一騎手だ。自宅で亡くなっているのが発見されたのは金曜朝だった。木曜に出走馬が決まり、週末に向けて気持ちを高めていくであろう段階で、張り詰めていた何かがプツリと切れてしまったのだろうか。

 突然の訃報に対する驚きを、彼の性格などを踏まえ、端的に表したのが安藤勝己元騎手のツイッターだった。「いくらパフォーマンスが得意でも、目立ちすぎやろ。本当に残念やけど、残された側は受け入れて前を向いていくしかない」。

 目立ちたがり屋で派手なことが好きで、(恐らく)その半面、寂しがり屋だった彼のことだ。忘れられることが一番つらいのではないか。だから、何かの機会にふと思い出してあげてほしい。例えば毎年、彼が逝った中山記念が行われる週に。中山記念は師匠の伊藤正徳調教師が管理したローエングリンで2度制するなど、3勝を挙げた彼が得意としていたレースでもある。

(デイリースポーツ・和田 剛)

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