粉雪の霊場で見た不動心

 【1月21日】

 新井貴浩はなぜ年始に高さ3mの火柱に立ち向かうのか。勝ちたい。成績を残したい。かつては広島、阪神の選手として、今は鯉の将としてそんな野心を叶えるため…。

 燃え盛る炎の前で経を叫び、唱える姿を何度も見てきた。戦うために…でも、ちょっと待って。ならば、新井はなぜユニホームを脱ぐ間もこの護摩炉で身構えたのか。ふと、それを知りたくなって西宮から列車で3時間かけて粉雪舞う高野山までやって来た。

 筆者が真言密教の総本山へ来るのは新井が評論家に就いた19年以来だから7年ぶり。あの年の高野山は記者もカメラマンもゼロ。僕もプライベートで新井にお供したかっこうだ。

 引退したのに、なぜ?

 当時、そんなことは聞かなかった。 恒例行事だから…。勝手にそう理解していたが、よく考えてみると、成績を挙げるためでも勝ちたいわけでもないのに、火傷で顔を腫らす荒行に取り組む意義はどこにあったのか。

 この日、高野山の別格本山「清浄心院」で2時間近く護摩行を見させてもらった。いつものように袈裟は汗でぐっしょり。「クッソ…と思いながら火と対峙していました」。鯉番の取材にそう応じた後の新井に聞いてみた。

 数えれば、04年に初めて身を投じた護摩行は今年22度目になる。「逃げれるものなら逃げたい。それくらいキツい」とも言っていたのに球界を離れていた4年間も逃げることはなかった。

 「野球のため、だけではないですからね…。引退して評論家をやった4年間も同じ。自分と向き合う。負けたくない。逃げたくないと思って、自分の意思でずっと来ていましたよ」

 『広辞苑』によれば、「修行」とは「悟りを得るために仏の教えを実践すること」とある。仏教における精神鍛錬ひとつで、カネや地位、名誉…私利私欲を断ち、心身の浄化を追求する…戦いの場に身を置かずとも護摩行を欠かさなかったのはそういうことだ。

 もともと、金本知憲が広島時代に鹿児島の最福寺で師事し、これに新井が倣った経緯がある。拠り所は池口恵観(いけぐち・えかん)法主。今年90歳を迎える護摩の師、高野山真言宗大僧正は「今年の彼はやると思います」。これまでにない柔和な仏顔は、阪神の連覇を願う者とっては不敵に映る。

 かつての阪神では00年ドラフト1位の藤田太陽が岐阜県不破の大滝で落差16mの滝に打たれる荒行に挑んだことがあった。「不動心」と書いた手ぬぐいを巻き、闘争心をたぎらせた。

 新井は前日の12球団監督会議を終えた足で高野山へ向かった。闘争心といえば、監督同士の顔合わせでファンが気になるのは例の件か。取材の限り、虎将藤川球児と新井のあの火花は昨シーズン中に両者の礼節によって収束済み。遺恨にはなっていない。

 世界遺産、天下の霊場で「逆境になればなるほど燃えるので…」と語った新井が僕の顔を見た。

 「風さんも来年どうですか?」

 動かぬ心はほしい。でも…一年間考えさせてください。=敬称略=

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