神宮の前は「勝つ丼」を…
【8月24日】
江夏豊の隣でカツ丼をいただく。それが東京遠征の常になっていた頃、両親にそれを伝えると言われた。「あんた、すごい人とご飯食べるんやね」。オールドファンにとって江夏とは…。
言うまでもなくプロ野球の大スターである。27年前の8月に亡くなった村山実とは話す機会がなかったけれど、小山正明とは本紙評論家のご縁で度々話を聞かせてもらい、江夏にも…。
昼前に都内の公園で待ち合わせ、そこから歩いて江夏が通う馴染みの店へ連れて行ってもらう。僕が虎番の頃だからもう随分前のことだ。
甲子園では中華料理。水道橋ではハンバーグステーキ。名古屋では鰻。そして神宮の試合前は…「カツ丼でええな」。喜んでご馳走になった。
一緒に歩いていると、周囲は江夏に気づく。街で声を掛けられると、「はい。どうも」と気さくに会釈するのだが、レジェンドにばったり出くわして感動するファンの方も多かった。
「金本に○○と伝えてくれんか」
江夏から伝言や頼み事を託されたことを現役時代の金本知憲にそのまま伝えると、本人はよく恐縮していた。
「江夏さんは別格だから…」
金本にとっては広島と阪神、両球団における大先輩。中でも広島時代に伝説になった「江夏の21球」は、金本がカープ帽をかぶっていた小学生時代の逸話だったから、きっと雲上のスターに思えるだろう。
時代は移ろい、その名を掘り起こす後輩の出現に阪神のレジェンドたちは喜ぶ。この夜、32号を放ちキングへ独走する佐藤輝明が掛布雅之の名を掘り起こすように。そして、この夜出番のなかった石井大智が江夏の名を…。
今カード初戦に1イニングを0に抑え、連続無失点記録を42試合に伸ばした右腕は同時にもう一つの偉業にも期待が寄せられている。
連続イニング無失点記録を金曜の夜に「41」まで伸ばし、1969年に江夏がマークした記録に並んだ。
球団記録は06年に藤川球児が成した47回2/3イニング…。
簡単に書いているけど、47イニング点を取られないって…ちょっと考えられない。現役の球児を取材していた者としては、当時から途方もない数字だと思っていた。もっとも、石井が江夏に並んだ時点で彼もこちらの理解を超えるステージに突入したと考える。
球児だって伝統球団でプレーするからこその重圧が当然かかっていたはずだし、阪神でレジェンドの数字と向き合う意味は、それに挑む当人にしか噛みしめられない。かつて、生前の小山正明(球団2位の47イニング連続無失点)は言っていた。
「プロ野球は注目されてこそやで。誰にも気づかれんのはさみしいこと。阪神でやることに誇りをもってな」
脚光を浴びない時代も過ごした300勝投手の声が懐かしい。
神宮の試合前に江夏豊の隣でカツ丼…。この店のそれは何枚もカツが連なり、ボリュームが半端なかった。カツ、カツ、カツ…。今になって考えれば験がいいランチだった。=敬称略=
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