首を傾げなかった5球目
【5月1日】
カウント2-2からの5球目。西純矢が広岡大志へ投じた渾身のまっすぐ、152キロを捕球した梅野隆太郎はしばらくミットを動かさなかった。山路さん、とってください-そう言わんばかりに。
ベース板の上。この日一番。抜群のローボールだった。だが、球審山路の右手は上がらなかった。
味方打線が逆転に成功した六回のマウンドは、1番吉川尚輝から始まる正念場だった。
わずかに低いですか?梅野はそう言いたげだったし、僕もう~んと唸った。けれど、西純矢は首を傾げることも、不満顔もせず、次の6球目、勝負球に魂を込めた。内寄り151キロ。広岡のバットは空を切った。背番号15は拳をにぎった。この試合、もらった。西純矢が勝った。そう思った。
これを書こう。そう決めたのは名将の顔が浮かんだからである。
「誤解されたりもしたんですけど、私にしてみれば、なんでかな…という思いはありました。あの子は、ほんとうに優しくて。野球に対しても真面目な子なんです。精神的にも凄く成長しましてね。タイガースではどうですか?」
西純矢の恩師、創志学園監督の長沢宏行はそんなふうに話していた。昨年、創志学園にお邪魔する機会があった。僕が西宮在住であることを伝えると、市立西宮出身の名将とローカルネタで盛り上がったりもしたけれど、話題の本筋はやはり大切な教え子のこと。元気でやっているのか。現在地はどうなのか。気になる様子だった。
西純矢は父親の死去を境に、もともと骨太だった気質が一層逞しくなった。また、雄叫びがクローズアップされた甲子園を経験したことで肝が据わり、泰然とした。
監督さん、純矢投手は僕が誰か認識していないと思います。でも鳴尾浜や球場で会えば、いつも立ち止まって挨拶してくれます。急いでいても必ず。これってなかなかできないことだと思います。
長沢監督にそう伝えると、とても嬉しそうで、誇らしげだった。
今春取材した安芸キャンプでも西純矢と会った。「会った」といっても、コロナ禍の取材規制もあって、いまだに面識はない。
「やっぱり、そうだったんですね…。もっと、きっちり挨拶すれば良かったです」
僕がTwitterで「安芸ドームの前で純矢投手に挨拶しました」と投稿すると、そんなリプライをくれる律儀な20歳である。
こんなめでたい日に僕は東京ドームでヒーローの囲み会見を聞いていない。だから、どんな受け答えしたのか知らない。でも、きっと、恩師や恩人、身内への恩返しの思いを行間にこめたはず…。
そういえば、広陵野球部の弟・凌矢クンは先月30日の春季広島大会準決勝で1試合3本塁打と、兄に負けじ怪物ぶりを見せつけた。母へ、弟へも届けたプロ2勝目。そして、タイガースの恩人、2軍投手コーチ安藤優也へもきっと。 そう、そう。安芸で安藤から聞いた話がある。もちろん、西純矢のこと。彼の苦心を。次の勝利で必ず書こうと思う。=敬称略=
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