吸いついてくる感じ
【2月4日】
なんやこいつ…。そう思ったという。18メートル先から伝わる妙にイヤな空気感。幾多の打者と相対し、インテリジェンスで攻略してきたタイプの投手が、手をつけられないと感じた初めての打者だった。 DeNA時代の久保康友が高山俊との初対戦で抱いた特別な感情である。5年前に雑誌「Number」で久保がルーキー高山を語り、「僕のボールでは空振りは取れないと思いました」と書かれた記事を思い出し、当時の話を聞きたくなった。久保とはご近所で家族間の交流がある。彼が所属するメキシコプロ野球が昨年コロナ禍で中断、今春の再開に向け現在トレーニング中の現役40歳に、16年の春を振り返ってもらった。
「4月ですかね。高山選手と初めて対戦したんですけど、バッターって普通、初めて見る球に対応できないものなんですが、高山選手はピタっと体が止まって反応してきたんです。なんや?って思いましたよ。初めて体感する軌道に体が反応するのはすごいこと。彼のような打者を初めて見ました」
ツワモノの集まるプロ野球において、高山が「天才」と呼ばれるゆえん…久保は言う。
「あの年の高山選手は高低、前後、左右どの球にもフルスイングで対応できる打者に感じました。こちらとしては、打たれるにしても出来ればシングル(安打)で抑えたい。でも、彼の場合、シングルで済まない感じがあったのでイヤだったんです」
なるほど…。ではさらに、対峙(たいじ)した高山のイヤな感じを抽象的でもいいので表現するとどんな感じ?と聞けば、久保はこう表現するのだ。
「柔軟性があって、吸いついてくるような感じ…ですかね」
時の阪神監督、金本知憲が指揮した3シーズンその全ての開幕戦で「スタメン・1番」を任せたのが高山だった。この日、宜野座の紅白戦で1番に座り、西純矢から21年のチーム初安打を放った背番号9について金本に聞いてみるとやはり親心をのぞかせ、低迷が続いた昨年までの姿を語った。
「(昨シーズンは)自分がこうやって打つんだっていう頭の中の感覚とイメージが纏(まと)まっていない感じがしたけどな…」
あれから5年。自軍同士のたった1試合を見てどうこうはないけれど、こちらも少しドキドキして眺めた紅白戦。その初打席、その初球に迷いなく反応した姿。2打席目の安打も、3打席目の打球も…久保の言う「吸いついてくる感じ」を、垣間見た気がした。
「いい打者をどうやって崩すか…。それは打者にこちらのイメージを徹底的に植え付けること。何かを意識させて、そのイメージと逆のことをやれば、いい打者も意外と崩れやすかったりします。いい打者ほど悩み、考えますよね」
久保は投手心理で最後にそんな話をしてくれた。
金本は高山俊を「天才」と見ていた。才能溢れるから悩みが深くなり、しかし、そこから這い上がったときに得た逞しさこそ本物になると信じている。=敬称略=