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【阪神ドラフト選手紹介・小幡竜平(上)】きっかけは“おばたのお兄さん”

 今秋のドラフト会議で阪神から指名を受けた7選手(1~6位、育成1位)を紹介。今回はドラフト2位・小幡竜平内野手(18)=延岡学園=に迫る。

  ◇  ◇

 我慢の1年が、野球小僧の思いを加速させたのかもしれない。

 小幡家の三男として生まれた竜平。年が9つ、そして7つ離れた2人のアニキの背中を見つめる日々が始まった。ソフトボールに、野球。クラブチームに所属した兄たちの応援へ駆けつける両親の傍らには、いつも竜平がいた。

 毎週末、グラウンドに連れられ、目で追うごとに、その瞳は輝いていく。そんな姿を母・能夫子さんはこう懐かしんだ。「僕もソフトボールがやりたいって言ってきたのは、小学校2年生くらいだったかな」

 竜平がソフトボールを始めたのは、小学3年生のこと。約1年間の気持ちの“ブランク”。「ちょっと待っててもらったんです。上2人の野球がちょうど忙しくて、一段落ついたのが(竜平が)3年生の頃だったんですよね」。申し訳なさそうに話す母を、隣で聞いていた竜平はいつもと変わらないほほ笑みで思いやる。

 昔から、家族思いで温かい子。ソフトボールができない日々の中でも、父・正樹さんらと家族でキャッチボールに夢中になった。にっこり笑顔で、懸命に白球を追った。年が離れているから、兄弟げんかもなし。駄々をこねて困らせたことは一度もなかったという。

 「自分は男兄弟4人で、ものすごく負担もかけていたと思うので。両親には感謝です」

 念願の「大分明野北ソフトボールクラブ」に入り、ソフトボールに打ち込み始めた。小学6年の頃に1度だけ投手を経験したが、ほぼ遊撃一本勝負。中学時代は西武・源田も所属した大分明野ボーイズで本格的に硬式野球に取り組んだ。めきめきと頭角を現し、高校進学時には県外からも誘いを受けるほどになっていた。夢の続きは高校球児の憧れ・甲子園へ。竜平は悩んでいた。

 「お兄ちゃんと比べられるから、延岡には行かない」

 最初は渋っていた。延岡学園は2番目の兄・和弘さんの母校。7つ離れているといっても、『小幡のところの弟』という肩書はついてまわる。兄も遊撃手で監督も当時と同じだった。だからこそ、何校もの高校を見学。試合にも足を運び、悩み、考え抜いた。そして最後は自らの強い意志で決断する。

 竜平を支えたのは、気持ちの変化だった。「比べられたくない」という思いが、「超えていきたい」に変わった。兄の影響で始めた野球。目標であり、気づけば道しるべだった。兄は甲子園の土を踏めなかった。同じ進路をたどり始めたとき決意は強くなる。「兄を超えたいという気持ちでやっていきたい」

 昔から憧れ続けていた。“小幡のお兄さん”に。

 ◆小幡アラカルト

 ▽生まれ 2000年9月21日、大分市出身

 ▽サイズ 181センチ、73キロ

 ▽投打 右投げ左打ち

 ▽球歴 小学3年時にソフトボールを始め、主に遊撃手(小6時のみ投手も経験)。中学時代は大分明野ボーイズで硬式野球に打ち込んだ。延岡学園では1年秋から遊撃のレギュラーをつかんだ。2年秋からは4番に。3年春にセンバツで甲子園を経験したが、初戦で国学院栃木に敗退。最後の夏は宮崎大会で初戦(2回戦)敗退

 ▽走攻守 高校通算24本塁打の長打力、50メートル走6秒1の脚力、遠投110メートルの強肩を持つ大型遊撃手

 ▽目標 三拍子そろった鳥谷、憧れの西武・源田(大分明野ボーイズの先輩)

 ▽入寮までの目標 白米を食べ、体重を70キロ台後半にする

 ▽お母さんの作る大好物 ニラの卵とじ&野菜スープ

 ▽嫌いな食べ物 トマト

 ▽好きな言葉 笑え

 ▽家族構成 父・正樹さん、母・能夫子さん、長男・茂陽さん、次男・和弘さん、四男・士郎さん

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