【西野ジャパン86日間の軌跡・1】ハリル式からの解放 選手に頭下げ示した信頼

 西野ジャパンの戦いは16強で幕を閉じた。ハリルホジッチ前監督の解任を受け、西野朗新監督(63)の就任が発表されたのが4月9日。親善試合でなかなか勝てず、1次リーグ第3戦のポーランド戦では他者に命運を託すボール回しで批判を浴びるなど、苦しみながら一枚岩になったサムライブルーの舞台裏に迫る短期集中連載「西野ジャパン 86日間の軌跡」を計5回にわたってお届けする。

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 光り輝く一枚岩となり、史上初の8強に近づいた西野JAPAN。一致団結の根幹にあったのは、西野監督が自ら選手に最大限の信頼を見せたことが大きな要因となっている。

 就任後、最初のミーティング。指揮官は、本心から選手に訴えた。「オレは世界を知らない。みんなの意見を聞かせてくれ」。アトランタ五輪では、ブラジルを破る“マイアミの奇跡”を演出。J1最多となる通算270勝を挙げ、G大阪を指揮した08年にはアジア・チャンピオンズリーグを制覇。同年のクラブW杯では3-5で敗れたものの、当時の欧州王者、マンチェスター・ユナイテッドと打ち合った63歳は、選手たちに頭を下げた。

 ハリルホジッチ前体制時、技術委員長としてチームを支えていた西野監督の選手評は、芳しいものではなかった。もともと口数の多い方ではなく、言葉のチョイスも独特。心ない選手は「携帯電話のストラップみたいな存在」と話すなど、必要性を感じられていない部分もあった。コミュニケーション不足を理由にハリル前監督が解任された後、西野体制の就任が決まると、選手たちはメディアの前で「実績のある方」と印象を語りながらも、過去のチーム内での西野監督と対話について聞かれると、多くの選手が「これまであまり話したことはなかったが、これからしっかりとコミュニケーションを取っていきたい」と口をそろえた。これが、選手と新監督の最初の距離感だった。

 ただ、最初のミーティングで指揮官が選手への全幅の信頼を口にしたことが、徐々に好転していく。明確な戦術を掲げ、選手個々に具体的な役割を与え、それを遂行することを何より求められたハリルホジッチ体制からの“解放”は選手たちに活力を与えた。MF本田ら発言力の大きい選手たちは、4年前のブラジル大会でも目指したショートパス中心のポゼッションサッカーに回帰すべきという意見を提案。若い世代には、前回大会の二の舞いとなることを危ぐする選手もいたが、目指すべきスタイルは、その中身が違った。

 ある中堅選手が「海外組の経験が大きかったと思う」と話すように、チームの中核を担った北京五輪世代の多くは長期にわたって海外でプレー。豊富な経験に加え、ブラジル大会前のような右肩上がりの時代ではなかったからこそ、理想だけを追うマネはしない。

 本田がポーランド戦前に「2014年と比較して明らかに違うのは、“自分たちありき”から“相手ありき”(に変わった)というか、サッカーの本質に対する考え方、価値観が変わったところ」と話すように、柔軟性も重要視。ハリルホジッチ前監督時代にはメンバー選考に残るために、と縮こまっていた選手たちは躍動した。

 未勝利に終わった06年のドイツ大会など、かつては享受できなかった“自由”の生かし方を知った日本代表。この方針は、前体制から引き継がれた“遺産”によって、大きく花開くことになっていく。

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