【ＳＡＭＵＲＡＩの素顔２・長友佑都】

　ザックジャパン不動の左サイドバック長友佑都（２７）＝インテル・ミラノ＝が好調だ。昨年、左膝を負傷した影響で不調に終わったコンフェデレーションズ・カップ（ブラジル）から一念発起。坂道ダッシュを個人練習メニューに加え、馬力を磨き直したことが奏功している。２００７年から個人的に指導する木場克己トレーナー（４８）の証言から、長友にとって原点ともいえる坂道の存在が浮かび上がってきた。

　昨年の秋、木場トレーナーがインテル・ミラノの練習場を訪れた時のことだった。「またユウトが走ってるよ」。インテルの選手があきれながら漏らしている。視線の先には、練習場に備え付けられた坂道コースを全力で駆け上がる長友の姿があった。

　「２部練習で、午前がフィジカルトレーニング、午後はボールを使った練習でした。その間に坂道を走っていたんです」。木場トレーナーも苦笑しながら振り返るほど、長友はトレーニングの虫と化していた。

　昨年の前半はコンディション不良に悩まされ続けていた。左膝を２度痛め、一時は出場が危ぶまれた６月のコンフェデ杯でも満足のいくプレーができないまま１次リーグで敗退。イタリア相手の善戦で一定の手応えをつかんだチームとは裏腹に、個人としては消化不良の思いを抱いていた。

　特別指定選手としてＦＣ東京に登録された０７年から指導を受けている木場トレーナーと、何が足りないか、何をすべきなのかを話し合った。たどり着いた答えが坂道ダッシュだった。

八丈島に２５０メートル

　長友にとって、坂を用いたトレーニングは原点だ。０８年のオフから自主トレを行っていた東京・八丈島には、全長２５０メートルある都道の坂道がある。時には半分を自転車で上がった後で残りをダッシュ。時には１０本続けてダッシュ。がむしゃらに坂道を走って１年間を戦う体力を養った。

　木場トレーナーは「３泊４日でも、それをやる中で馬力がつくんです」と坂道トレの効能を説明する。しかし、現実として今はインテルの選手で、八丈島でミニキャンプを張る時間もない。ならば手段は一つしかない、とインテル・ミラノに願い出て、坂道のコースを造ってもらうことにした。

　効果はてきめん。開幕から２試合連続ゴールでスタートした今季リーグ戦は３１試合に出場し５得点（２５日現在）。左ふくらはぎの負傷もあったが、イタリア移籍後最高の成績を残している。

　自分が必要だと思ったものは、ずうずうしいと思われそうなお願いでもしてしまうのは、長友らしさでもある。木場トレーナーとは、ＦＣ東京のチームメート、ＧＫ土肥洋一の紹介で出会った。腰痛に苦しんでいたため「ヘルニアを持っていて、サッカーができません。どうしたらいいですか」と助けを求めた。体幹トレーニングの専門家である木場トレーナーの指導の下、弱かった脇腹の筋肉を鍛え、プロとして活躍する下地をつくった。

　ただ、この恩人に対しても、長友はお願いをしていた。当時は明大生だったため代金免除で面倒を見てもらっていたが、ある日、「今度、林（陵平＝明大の同期で現Ｊ２山形）ってヤツを連れて来ていいですか」とゴリ押し。さらに、トレーニングの後には木場トレーナーの活動拠点、東京都江東区にある「亀戸ホルモン」という焼き肉の有名店で、夕食もおごってもらっていた。

なでしこも走った

　この大胆さに、木場トレーナーは「Ｊリーガーとして活躍するだろうと、キャラ的なところは感じましたね。タダでやってあげていると、それだったら他の選手もタダで、って言ってくるし」と成功を直感したという。もちろん、現在は正式な契約を結び、メールやスマートフォンアプリのＬＩＮＥ（ライン）を使って、イタリアと日本でトレーニングや体のケアについて頻繁にやりとりしている。

　長友が汗を流した八丈島の坂道は、今では多数のサッカー選手のトレーニング場所として利用されるようになった。なでしこジャパンのＦＷ大儀見優季（チェルシー）とは自主トレ仲間。ほかには鮫島彩（ヒューストン）、梅崎司（浦和）ら、男女を問わずオフに集まってくる。あそこで走れば長友ばりの走力が養われるという評判も根付いた。

　Ｗ杯南アフリカ大会が終わった直後から、１年ごとに「体の軸づくり」「１歩目の動き出し」「安定」とテーマを変えて成長を目指した。今季は「馬力」をテーマに坂道トレで走力を磨き直した。昨年末に日本に一時帰国した際、長友は木場トレーナーに自信たっぷりに告げた。「Ｗ杯でめちゃくちゃ活躍しますから。それが分かります」‐。

　坂道に始まり、坂道に終わる。原点回帰で生まれ変わった長友には、２度目のＷ杯で活躍する自身の姿がはっきりと見えている。