「国際親善試合、アルゼンチン代表3-0ベナン代表」(6日、ブエノスアイレス)
サッカーのアルゼンチン代表の主力として歴代最多に並ぶ6度のW杯に出場したFWリオネル・メッシ(39)が、代表最後の試合となるベナン戦にフル出場し1得点、2アシストをマークした。試合は3-0で勝ち、全得点に絡んだ。代表通算208試合目で後半、3分にCKで先制点をお膳立てし、16分のゴールも演出。26分にはPKを自ら決め、代表通算126点目を挙げた。
世界的スターが、水色と白のユニホームに別れを告げた。アルゼンチン代表最終戦を終え、普段は口数が少ないメッシがマイクを握り、切々と万感の思いを語った。
「ここに来られなくなるのは本当につらい。一生、ここでプレーし続けたい。でも、その時が来たんだ」
試合前には背番号10の大きなシャツがピッチに広がった。番号にちなんで試合開始後10分で中断し、会場全体からねぎらいの拍手を浴びた。
後半開始早々のCKで、長く一緒にプレーしたDFオタメンディの先制点をアシスト。後継者候補MFパスの2点目も演出した。きっちりPKも決めて全3得点に絡んだ。今夏に父ホルヘさんを亡くす悲しみに見舞われなければ、決断はもっと先だったかもしれない。
2005年に代表デビューし、英雄マラドーナと比較され続けた。幼少期からスペインに渡り、バルセロナで放つ輝きとの落差から国民に認められない時期もあった。苦しむ姿を見てきた世代に支えられ、W杯は22年カタール大会で優勝、2度の南米選手権制覇を成し遂げた。
今年の北中米3カ国大会は準優勝。8月31日に代表引退を表明した。W杯通算21得点は歴代2位だ。後輩には「団結すれば誰よりも強くなり、どんな困難も乗り越えられる」と訴えた。チームの結束こそ、傑出した個の力を誇る天才が最後に伝承したサッカーの神髄。その思いは、人々の脳裏にも永遠に刻まれる。
◇リオネル・メッシ 1987年6月24日、アルゼンチン・ロサリオ出身。少年時代に成長ホルモンが分泌されない病気を抱え、治療費負担を申し出たバルセロナ(スペイン)の下部組織に13歳で加入した。16歳でトップチームデビュー。21年からパリ・サンジェルマン(フランス)、23年からはインテル・マイアミ(アメリカ)でプレーしている。アルゼンチン代表としてW杯は6大会連続で出場。最優秀選手賞を2度獲得し、22年カタール大会で優勝。バロンドールは歴代最多の8度受賞している。