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ウマ娘も納得!?名優マックイーンでG1制覇した元JRA騎手が選んだ”第3の人生”とは

JRAの騎手、調教助手として多くの名馬に携わった内田浩一さん(53)は現在、香川県観音寺市に移住し「有明浜ホースパーク」(中村小波代表)で”馬の先生”をしている。52歳で始めた第3の人生。JRAカレンダーでは間もなく別れと出会いの季節を迎えるが、定年を早めた理由や香川の魅力を元G1ジョッキーに聞いてみると…。きっと芦毛のウマ娘、メジロマックイーンも納得してくれるはずだ。

どこまでも続く穏やかな瀬戸の海岸線に夕陽が沈んでいく。ここ有明浜ホースパークは「寛永通宝」の銭形砂絵で知られる琴弾公園からすぐのロケーション。ゆったりとした時間が流れる景勝地に内田さんが移住して1年が経とうとしている。

「サードキャリアこそは時計を見ずにのんびり暮らしたいと思っていたんです。(栗東)トレセンを離れる少し前に何度か訪れ、温暖な気候の楽園を見つけた。だから迷いはありませんでした。毎日ワクワクしています」

有明浜ホースパークの魅力は2キロに渡って波打ち際の砂浜を外乗できる点。内田さんは「干潮のときには干潟ができて、ちょうどラチのない馬場が現れるんですよ。それにもう魅了されてしまいました」と猛烈にプッシュした。

いまでも52キロ前後の体重をキープし、サラブレッド9頭とポニーや小動物に囲まれた日々。引退馬をリトレーニングしたり、地元の中高校生らに乗馬の技術指導するのが主な任務だ。

「こっちに来て、あんな好きだったゴルフもやめちゃいました。馬乗りの勉強は終わりがないですからね。誰でも乗れるように頑張って仕上げ、競技会に出る中高生を裏方としてサポートしています。この27日には教えている中学生が昨年6月に引退したパンコミード(JRA3勝馬)と地元の大会に出場。まだまだ未完成ですが、話し合いながら前に進んでいます」

いつも笑顔の内田さん。あまり知られていないが、実は騎手になる以前も壮絶な日々を送っていた。千葉県出身。4歳のときに両親が離婚し、2歳下の妹とともに児童養護施設に預けられた。騎手を目指すきっかけは祖母が公営船橋の馬主と知り合いだったから。中学時代は自転車で2時間も掛かるゴルフ場に行き、キャディーのアルバイトをしていたという。

「ずっとお金を稼ぐ仕事がしたいと思っていたんですよ。だから騎手を目指したんですが、競馬学校に入ったときは馬に乗ったこともなく、競馬も見たことなかったから大きなハンディがありました」

1988年、池江泰郎厩舎から騎手デビュー。同期には岡潤一郎や岸滋彦らがいた。3年目の90年には、あの名馬メジロマックイーンに騎乗し、菊花賞を制覇。栄えあるG1ジョッキーとなった。

「あのときは前哨戦で2着と取りこぼしてしまって…。それでも池江先生がメジロのオーナーに掛け合ってくれ、チャンスを与えてくださった。勝ってすぐ乗り代わりになったのですが、あれはプレッシャーにならないようにという先生の思いやり。僕は先生の一番弟子です」

2006年からは騎乗機会を求め、障害レースに参戦したほどの気丈なファイター。頭蓋骨骨折など度重なるケガを乗り越え、通算320勝の成績を残して2008年に引退。その後は調教助手として活躍し、2019年度JRA最優秀2歳牝馬に満票で選ばれたレシステンシアの仕上げに関わった。その一方で人柄を買われ、労組副委員長を務めた時期もある。

「だれかを救えば、だれかが不利益を被る。あのころは大変でした。でも、騎手としても助手としてもG1を獲れ、自分の求めるものがなくなったのでリタイアするいい機会になりました。馬には死ぬまで乗りたいと思っているし、僕のような生き方が、トレセンにいる人のひとつのモデルになればと思います」

FIREとまではいかないものの、第3の人生を満喫している内田さん。暖かくなったらぜひとも有明浜を訪れ、再会を果たしたいものだ。

◇「有明浜ホースパーク」
香川県観音寺市宝本町有明1310-12
電話080(3162)0073
料金はファミリー体験乗馬(30分)6000円、引き馬乗馬1000円(2周)有明浜外乗(30分)10000円など。月曜日定休。

(まいどなニュース特約・山本 智行)

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