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幻の160キロ右腕はスポーツ店で汗 前田勝宏さん語る流浪の野球人生

ベースボールアドバイザーを務める元西武の前田勝宏さん
子どもたちへの指導も行う元西武の前田勝宏さん
新人時代の前田勝宏氏(1993年2月撮影)
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 “幻の160キロ右腕”は、故郷の兵庫県で実直に汗を流していた。「仕事があって給料をいただける。こんなにありがたいことはない。不安定な生活が長かったんで、感謝の気持ちで一杯です」。元西武・前田勝宏氏(47)は現在、神戸市垂水区のスポーツデポ学園南店でベースボールアドバイザーを務めている。

 主な仕事内容は野球用品の販売と修理。勤務先が主催する野球教室への参加や、仕事場の一角で個別指導を行うこともある。また、月に数回、母校の神戸弘陵野球部で技術指導、同女子野球部コーチも担っている。

 流浪の野球人生だった。日本式の管理や束縛を嫌う感性の持ち主は、150キロ超の直球とド派手な金髪姿が特徴で、西武に入団2年目の94年ハワイ・ウインターリーグでは非公式ながら球速100マイル(約161キロ)を記録。大リーグから注目を集めた。

 95年オフ、1軍未勝利のまま野茂英雄に続く米球界入りを球団に直訴。すったもんだの末、96年5月、ヤンキースと総額2億円の金銭トレードが実現。“ゴネ得”と揶揄(やゆ)されたことは「ずっとアメリカに行きたかったし、自分の人生ですから」と振り返る。

 しかし、以降は苦難の連続だった。米国での5年間は制球難や故障で結局メジャー昇格はかなわず、中日に入団も1年で戦力外。台湾、イタリア、中国と渡り歩き、帰国して加入した社会人チームはいずれも資金難で活動中止。独立リーグに所属していた10年夏、球団からの給料が未払いとなった。生活のためアルバイトを申し込んだのが現在の勤務先。「今の仕事の形を紹介してもらって、野球はやり切ったと思えた」と現役を引退した。

 接客業務、野球指導には20代の自身の反省を込める。「自分は気持ちを伝えるのが苦手で。変化球を投げたくても直球のサインには首を振れなかった。思いっ切り力を入れてスピードガンと勝負してました」。相手の気持ちを引き出そうと努めている。「人付き合いは苦手だったんですけど、少しは成長できたのかな」と笑った。(デイリースポーツ・山本鋼平)

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