【野球】「どぎつい攻めをしたら間違いなく…」多くの死球を受けながら打ちまくったすごい捕手 元広島の西山秀二さんが語る

 1990年代の広島で活躍した西山秀二さん(59)は、同球団の捕手として唯一、規定打席に到達して3割を打った選手として名を残している。その西山さんが「すごいキャッチャーなんですよ」と敬意を表して語るのが、古田敦也選手(ヤクルト)、阿部慎之助選手(巨人)、城島健司選手(ダイエー=現ソフトバンク、阪神)ら強打の捕手だ。“報復”が珍しくなかった時代に、厳しい内角攻めにさらされながらも、打ちまくったすごい同業者を語った。

  ◇  ◇

 「僕らの時代はね、2割5分打ったら、いいキャッチャーだって言われてたんですよ。バンバンここに来ますからね。打てない。やっぱり入っていけないですよ。ここへ来るのが分かってるから」

 西山さんは自身の胸元辺りを指さした。

 「相手の4番なんかにどぎつい攻めをしたら、間違いなく自分にかえってきてたわけですから。それを分かってて、恐れずにやらなアカンかったわけですからね」

 相手に対して厳しく内角を攻めたら攻めた分だけ、“標的”になることを覚悟しなければならない過酷な時代を振り返った。

 そんな厳しさを知っているからこそ、恐れることなく結果を残してきた同業者をリスペクトする。

 「古田さんなんて、そんな中で3割打って首位打者も取ってる。年間十何発も当てられるんですから。(内に)来るのがわかってるから、半分逃げながら、それでも打ってましたよね。それであれだけ打つんですから」

 1軍で通算18年プレーした古田選手は現役時代に通算111の死球を受けている。だが、91年に打率・340をマークして首位打者になったのを含め、8シーズンで打率3割超えを記録。年間最多の13死球を受けた97年は打率・322を残している。

 「阿部慎之助にしても、デッドボールを年間に十何発食らって、それでも3割打って、30発打つ。城島もそうですよね。だから、すごいなあと思うし、だからすごいキャッチャーなんですよ」。捕手という特殊なポジションで体を張りながら打者としても超一流だった3人の卓越した技術に感服する。

 阿部選手は1軍通算19年で通算152死球。04年には13死球を受けながら打率・301、33本塁打、最多の15死球を受けた13年は一塁守備に就く試合もあったが、打率・296、32本塁打を記録している。

 米大リーグ・マリナーズでもプレーした城島選手は、NPBの1軍通算14年で113死球。04年には年間死球の歴代5位タイとなる22死球を受けながら、打率は自己最高の・338と驚異的な数字を残す。

 西山さんは96年に自身2度目の規定打席に到達し、広島の歴代捕手として唯一となる3割超えの打率・314を記録。その年は7死球を受けている。

 「3割を超えたのは1回だけですからね。古田さんは常に打ってましたし。やっぱり頭がいいんでしょうね」。先輩捕手の圧倒的な打撃技術、配球を読む頭脳に言及した。

 古田選手や西山さんらがしのぎを削った90年代から2000年代初頭は、まだまだ捕手にとっては受難の時代だったのだろう。報復死球のみならず、コリジョンルールもなかったため、激しいクロスプレーで吹っ飛ばされることも珍しくなく、大けがを負って長期の戦線離脱を余儀なくされたこともあった。先輩捕手からは「キャッチャーがなめられたらチームとして終わり、と教えられた」と話す。

 「今はいい時代だと思いますよ。当て合いもないわけですから。今みたいな時代にやりたかったですよね」。そう本音をもらした。(デイリースポーツ・若林みどり)

 ◇西山秀二(にしやま・しゅうじ)1967年7月7日生まれ。大阪府出身。上宮高から1985年のドラフト4位で南海に入団。87年のシーズン途中で広島にトレード移籍。93年に正捕手となり94、96年にはベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。広島の捕手として初めて規定打席に到達して打率3割をマーク。2005年に巨人に移籍し、その年に引退。プロ在籍20年で通算1216試合、打率・242、50本塁打、36盗塁。巨人、中日でバッテリーコーチを務めた。

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