【野球】「落合さんの時だけは首を振るんです」レジェンド左腕のこだわり明かす元カープ捕手・西山秀二さん
1990年代の広島を正捕手として支えた西山秀二さん(58)には、レジェンド左腕にまつわる忘れがたい対決がある。通算148勝138セーブを記録した大野豊投手と、ロッテ時代に3度の三冠王に輝き中日、巨人などで活躍した落合博満選手。両者の対決には、捕手でありながら口を挟むことのできない世界があったという。一流同士が繰り広げた、勝敗の行方を超えた意地と意地のぶつかり合いを語った。
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初めてバッテリーを組む時に「好きにサインを出したらいい。おまえの言うとおりに投げてやるから」と声をかけてくれた大野投手は、基本的に西山さんにリードを任せてくれていたが、ある打者を迎える時だけは例外だったという。
「落合さんの時だけは絶対に首を振るんですよ。大野さんには自分のこだわりがあるんです。僕は、落合さんを抑えるためには絶対にこうですよって伝えるんですけど、大野さんの考えは違うんです」
懐かしそうに西山さんは話を始めた。
1987年にロッテから中日にトレード移籍した落合選手。ロッテ時代の82年、85年、86年に打率、本塁打、打点の三冠王を3度獲得した大打者との対決に、七色の変化球を操ると言われたレジェンド左腕は並々ならぬ思い入れをもって臨んでいた。
「大野さんは、落合さんとは最後はこの球で勝負するというのを決めているんです。落合さんはその球しか待ってないんですよ。でも、あえてそれでいく。それで打たれたら仕方ない。それで抑えないと意味がないというわけです。だから僕がいくら他のボールのサインを出しても首を振るんです」
勝負球は決まっていた。
「必ずスクリューを投げる。決め球のスクリューボールを投げたら、落合さんはそれを待って、ちゃんとホームランにするんですけどね」
試合の行方とは一線を画した、一流投手と一流打者のプライドをかけた真っ向勝負がそこには存在していたという。
「落合さんはスクリューしか待ってないから、普通にインサイドに真っすぐをいったら、絶対に打たれないのは分かってるんです。だから(サインを)出すんですけど、ダメ。そこは首を振る。大野さんに言葉をかけに行っても、“いいんだよ、ニシ、分かってるから”って。もう、ここはいいんだ、ここはしょうがないんだ”って言うわけです」
待っていると分かっているからこそ、あえて、そのボールで勝負する-。捕手の立場からすれば到底承服できない選択であっても、12歳上の先輩投手のこだわりを受け入れないわけにはいかなかった。
西山さんは、当時の落合選手がグラウンドを離れても投手心理を巧みに刺激していたと述懐する。
「新聞なんかでうまいことコメントを出してましたよね。俺は大野のこの球しか待ってない。大野の一流のこの球を打たないと意味がないんだ、というようなことを言うんですよね。三冠王にそこまで言われたら、大野さんも最後はそれしか投げないですよね」
2人の対戦は51打席あり、42打数17安打、3本塁打、11打点。打率4割5厘、5三振。数字上の軍配は落合さんに上がる。
「大野さんは落合さんにはよく打たれましたけど、やっぱり一流同士のそういうのがあるんやなっていうのは思いましたね。お互いの意地なんだなって。いい勉強になりました。いい勝負に関わらせてもらったと思う」
名勝負に立ち会えた喜びをしみじみと振り返った。
(デイリースポーツ・若林みどり)
西山秀二(にしやま・しゅうじ)1967年7月7日生まれ。大阪府出身。上宮高から1985年のドラフト4位で南海に入団。87年のシーズン途中で広島にトレード移籍。93年に正捕手となり94、96年にはベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。広島の捕手として初めて規定打席に到達して打率3割をマーク。2005年に巨人に移籍し、その年に引退。プロ在籍20年で通算1216試合、打率・242、50本塁打、36盗塁。巨人、中日でバッテリーコーチを務めた。





