【野球】23年ぶりに復活した桑田投手とのバッテリーで感じた「野球人生の終わり」南海→広島→巨人での現役生活に幕を下ろした西山秀二さん

 1990年代の広島を正捕手として支え、2度のベストナイン、ゴールデングラブ賞に輝いた西山秀二さん(58)。その野球人生は変化に富んでいた。ドラフト4位で入団した南海からわずか1年5カ月での広島へのトレード移籍、内野手起用…。3球団目の所属先となった巨人では、桑田真澄投手(現巨人2軍監督)と中学時代以来23年ぶりにバッテリーを組み、その年を最後に現役を引退した。20年に及んだ西山さんのプロ野球人生、そこでの多くの出会い、交流を振り返っていく。

  ◇  ◇

 2005年4月17日の神宮球場でのヤクルト戦。巨人入りして初めて公式戦でスタメンマスクを被った西山さんは、桑田投手とバッテリーを組んだ。

 「なんとも言えん巡り合わせやったね。野球の神様に導かれたと言うか」

 大阪・八尾の大正中学時代以来、23年ぶりとなった桑田投手とのコンビ復活を懐かしんだ。

 先発した桑田投手は3回途中で7安打5失点KOされたが、西山さんは移籍後初ヒットも記録。同級生の4番・清原和博選手の勝ち越し3ランも飛び出すなどして接戦を制した。

 「桑田も俺もお互いに勝ちたいという気持ちはあったけど、やっぱり桑田も年を取ってたよね。昔の桑田ではなかった。めった打ち食らってノックアウトされたけど、最後にそうやって組めたのはよかったかな。まあ、これでおれらの野球人生も終わりなんかなとも思ったけどね」

 かつての盟友が投じるボールを受けたこの一戦は、西山さんにとって、自分たちの時代の終わり、現役の終わりを意識させる節目ともなった。

 この年、西山さんは13試合に出場して、20年の現役生活に別れを告げる。桑田投手は翌年9月にジャイアンツ球場での2軍戦登板を最後に巨人を退団している。

 西山さんの野球の原点はソフトボールに熱中していた八尾にある。

 「家のすぐ横が八尾の飛行場で空き地がいっぱいあったから、そこで近所の連中とソフトボールをして遊んでた。チーム作って大会に出たら3年連続優勝やった」

 八尾はソフトボールが盛んな地域で、同地区のライバルチームに助っ人として参戦していたのが、同じ幼稚園、小学校に通っていた桑田さんだった。

 「当時の桑田はボーイズリーグに入ってて、普段はソフトボールはやってなくて、助っ人で来た時はいつもキャッチャーをやってた。打つ方で活躍するような感じやったね。試合はこっちが全部勝ってたけどね」

 エースで4番としてチームを引っ張っていた西山さんは胸を張った。

 小学校を卒業した西山さんは地元の大正中学に進学し準硬式野球部の門をたたく。ポジション希望を聞かれ投手を志願したが、監督にあっさりと却下されたという。

 「おまえはキャッチャーをせえって。その一言でそのままキャッチャーですよ。適性を感じたとかやなく、見た目ですよ。ちょっと顔が丸かったからちゃいます。監督に見る目があったと言えばあったんかもしれんけど」

 そう笑い飛ばしたが、監督の一言から「捕手・西山」が誕生したのだから鋭い洞察力というべきだろう。

 チームのエースとなっていったのは桑田さんだった。

 「桑田も野球部に来てたんですよ。ボーイズリーグをやってたから学校の部活の野球部なんかに来ると思ってなかったし、みんなびっくりしてたね」

 抜群の運動神経と野球センスを誇っていた桑田さんはボーイズリーグでは知られた存在だったが、西山さんはソフトボールの助っ人打者としての姿しか知らなかった。

 桑田さんとチームメートになり、バッテリーを組む日々が始まっても、特別な思いはなかったのだという。

 「子ども同士で、すごいっていう感覚はなかった。すごいんやろうけど、おれらは練習で桑田が投げる球を普通に毎日打ったりしてるし、すごいと思ってなかった。最初からそのレベルでやってるから、それが普通、当たり前なんですよ」

 「投手・桑田」のずばぬけた実力を真に理解するのはまだ先のことになる。

 のちにプロ野球で活躍する2人がひっぱるチームは当然のことながら強かった。

 「中学の時の大会はほぼ勝って優勝しましたね。俺のホームランで1-0で勝つとか、そういう感じやったですね」

 西山さんは事もなげに言いつつ、ひとつだけ声を大にして強調した。

 「ほんとに俺が打って、桑田が投げて勝ってたんです。打つのは俺の方がすごかった」

(デイリースポーツ・若林みどり)

 ◇西山秀二(にしやま・しゅうじ)1967年7月7日生まれ。大阪府出身。上宮高から1985年のドラフト4位で南海に入団。87年のシーズン途中で広島にトレード移籍。93年に正捕手となり94、96年にはベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。広島の捕手として初めて規定打席に到達して打率3割をマーク。2005年に巨人に移籍し、その年に引退。プロ在籍20年で通算1216試合、打率・242、50本塁打、36盗塁。巨人、中日でバッテリーコーチを務めた。

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