【野球】長嶋監督が決めた2人だけのサイン「受けてるおまえが一番わかる」意気に感じたV9戦士 最下位翌年に初優勝

 巨人のV9戦士で、引退後は巨人、DeNAで編成部門のトップとして手腕を発揮してきた吉田孝司さん(79)。現役時代の76年には、正捕手として長嶋茂雄監督の就任2年目での初優勝を支えた。監督就任初年度に巨人は屈辱の最下位を経験。3年ぶりのV奪還の秘策として、長嶋監督は吉田さんとひそかにサインを交わしていた。

  ◇  ◇

 川上哲治監督からバトンを受け継いだ長嶋監督の就任1年目は、巨人史上初めてで唯一の最下位という成績に終わった。

 その前年に吉田さんは、プロ入り10年目で初めて森昌彦捕手を上回る試合に出場して正捕手の座をつかんだが、75年は矢沢正捕手と併用されていた。

 3年ぶりのV奪回が至上命令となった76年。吉田さんは長嶋監督に呼ばれ、異例の提案を受けた。

 「長嶋さんから、おれとおまえのサインを決めておこうと言われたんです。監督と僕とで。おまえがダメだと思ったら、サインを出してくれと。ピッチャーがもう限界、これ以上投げさせたらダメだと思った時は出してくれということだった」

 その年から巨人は杉下茂氏を1軍投手コーチに迎えていた。長嶋監督は「杉下さんとは当然、話をする」と吉田さんに説明した上で、グラウンドの司令塔との“ホットライン”をひそかに結んだのだった。

 「やっぱり、監督でも判断できない時があるじゃないですか。そういう時、受けてるおまえが一番分かるんだから、ということだった。そこまで言ってくれたから」

 投手の状態をもっとも把握している存在として信頼を寄せてくれた長嶋監督。吉田さんは意気に感じた。

 最下位に沈んだ75年に2ケタ勝利をマークしたのは堀内恒夫投手(10勝18敗)だけ。弱体投手陣、弱体バッテリーと揶揄されるなど立て直しは急務だった。

 2人だけのサインは幾度となく使われたという。

 「サインを出すべきかどうか、すごく考えましたよ。結果が出たらいいけど、出なかったらということも考えるし。でも、サインを出したら、監督はすぐに(投手を)代えてくれた。何回もありましたね」

 感慨深げに吉田さんは回想した。

 その年は印象的な出来事が続いた。

 移籍初年度の加藤初投手が4月18日の広島戦(広島)でノーヒットノーランを達成。吉田さんは捕手として快挙をアシストした。太平洋からトレード移籍してきた加藤投手とはキャンプで1カ月間、相部屋で過ごし互いの距離を縮めていた。

 7月のオールスター戦に、吉田さんはプロ12年目にして初めて監督推薦で出場。九回に代打で出場し、全パの村田兆治投手からダメ押しとなる2点三塁打を放った。

 「打席に入る前にね、王さんと張本さんが2人して『兆治は速いから、1、2、3で目をつぶって振ってこい』って言ってくれてね」

 先輩からの豪快なアドバイスに応える殊勲打で吉田さんは巨人捕手では初のMVPに選出された。

 表彰式で次々に手渡される賞品の受け取り役を引き受けてくれたのは、この年から三塁にコンバートされていた高田繁さんだった。「『俺が全部、おまえの賞品をもらってやったんだぞ』っていまだに言われる」と思い出し笑いした。

 「今日はヨシのお祝いをしよう」という王さんの音頭取りで、大阪・なんばで球宴出場メンバーがそろっての祝宴が開催された。先輩らの心遣いがうれしかった。

 巨人は阪神の猛追をかわし、10月16日の最終戦で広島に勝利して3年ぶりの優勝を決めた。

 弱体と言われた投手陣は、ノーノーを達成した加藤投手が15勝、小林繁投手が18勝、堀内恒夫投手が14勝、新浦寿夫投手が11勝を挙げるなど安定。前年に低迷していた打線も、新加入の張本勲選手の活躍などで活性化。投打がかみ合っての勝利だった。

 吉田さん自身もプロ入り最多の124試合に出場、初めて規定打席にも到達した。

 「優勝してね、本当にいい年になった。日本シリーズはいいところまでいって、負けちゃったけどね」。3勝4敗で阪急に屈した悔しさをにじませたが、76年は忘れがたいシーズンとなった。

(デイリースポーツ・若林みどり)

 ◇吉田孝司(よしだ・たかし)1946年6月23日生まれ。兵庫県出身。市立神港(現神港橘)から1965年に巨人に入団。V9時代に2番手捕手として活躍し、入団10年目に正捕手に。84年に在籍20年で現役引退。通算954試合に出場、476安打、42本塁打、打率・235。76年の球宴で巨人の捕手史上初のMVP獲得。巨人でバッテリーコーチ、編成部長などを務め、2012年からDeNAのスカウト部長に就任、26年ぶり日本一の礎を作った。

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