【ファイト】前田日明が受けた“過激な仕掛け人”新間寿さんの影響「新間さんは中国戦国時代の縦横家」
元新日本プロレスの専務取締役営業本部長で「過激な仕掛け人」として知られた新間寿さんが4月21日、90歳で亡くなった。東京都内で営まれた通夜には初代タイガーマスクの佐山聡(67)、藤波辰爾(71)らプロレス関係者や、プロレスファンとして知られる国民民主党の榛葉賀津也幹事長(58)らが参列。新日本、第1次UWFで行動を共にした元プロレスラーの前田日明(66)は、新間さんの多大な功績や人柄をしのび、自身が受けた影響も振り返った。
「新間さんがいなかったら新日本の隆盛はなかったですよ」。恩人の通夜に参列した前田は、そう言い切った。アントニオ猪木VSモハメド・アリに代表される異種格闘技戦、佐山による初代タイガーマスクの登場、さらに藤波がニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでドラゴンスープレックスを決めてWWWFジュニアヘビー級王座を獲得したのも新間さんの手腕によるもので「(逸話は)枚挙にいとまがない」とうなずいた。
また、猪木VSアリの実現後に背負った借金の完済交渉や、空手家・水谷征夫による猪木との命がけの決闘を軟着陸させ「寛水流空手」という流派創設につなげるなど、ピンチを乗り切る交渉力も随一だった。前田は「新間さんは中国戦国時代の(外交を専門とする)縦横家みたいなもの。国(新日本や猪木)のために命がけで交渉した。後にも先にも、どの業界にも新間さん以上の交渉人はいない」とうなった。
前田自身“仕掛け人”としても有形無形の影響を受けた。91年に旗揚げしたリングスではヒョードル(ロシア)、ノゲイラ(ブラジル)らの外国人選手を発掘。自身の引退試合ではレスリング五輪3連覇のアレクサンドル・カレリン(ロシア)と戦うなどの伝説をつくった。「例えばロシアに行って軍人の選手を引っ張ってきたりしたが、軍の長官や治安部隊の司令官と交渉するとき、頭の中で『新間さんだったらどう言うだろうな』といつも考えていた。自分の人生に、すごく影響力があった」。その後プロデュースした格闘技大会「アウトサイダー」からは朝倉未来&海らを輩出したことも記憶に新しい。
新間さんが亡くなった当日、前田は病室へ見舞いに訪れていた。「(病状が)良くなったらパラオに行きましょう」などと談笑しながら、前田が18歳で新日本に入門した当時の思い出話に花を咲かせたという。「新間さんに会ってなかったら、どんな人生を送っていたんだろうと思ったら、感謝しかありません」。そう伝えて帰宅した約2時間後、訃報が届いたという。「ビックリした」。
そして通夜の席で二度驚いた。「戒名を見たら『金剛-』ってついていた。江戸以前のお殿様が亡くなったときにつける戒名ですよ。こんな戒名ぶら下げてあの世に行ったら、また来世で大暴れして、面白い人生を歩むんでしょうね」。読書家の格闘王らしい着眼点をのぞかせ、過激な恩人との別れを惜しんでいた。
◆新間 寿(しんま・ひさし)1935年、東京都出身。中大卒業後、化粧品メーカー勤務を経て東京プロレスでプロレス界入り。アントニオ猪木が72年に旗揚げした新日本プロレスに参加し、営業本部長として支えた。「猪木VSアリ」などの異種格闘技戦や、初代タイガーマスクの登場を仕掛け「過激な仕掛け人」の異名を取った。


