【野球】「あの人は怖がらないんだ」前代未聞のコンバートを成功させたV9戦士・高田繁さんが明かす長嶋監督への思い その先に見えた景色
外野の名手に突きつけられた三塁へのコンバート指令。巨人のV9戦士だった高田繁さん(79)は長嶋茂雄監督からの難ミッションを見事に遂行した。守備力を認められて転向1年目にダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ)を受賞、打撃でも自己最高の成績をマークし、長嶋巨人の初優勝に貢献した。選手として鮮やかに復活を遂げた高田さんがコンバートによって得たこと、そして長嶋監督へ抱く思いとは。
◇ ◇
転向1年目となった1976年シーズン。長嶋さんの定位置だった三塁で高田さんは輝きを放った。
「長嶋さんみたいに格好良くやろうとか、見せる余裕はなかった。ただ、捕ったら、ボールさえ握ったら、一塁へ絶対いいボールを投げる自信はあったね。自分でもそんなに違和感はなかった」
外野とは打者との距離感が全く違うポジションで、ひるむことなく打球に食らいついた。
地獄の日々を過ごしたからこそ新天地で躍動することができた。後楽園に導入されるのと同じ人工芝を敷いた多摩川グラウンドで長嶋監督から浴びせられた容赦のないノックを高田さんは回想する。
「長嶋さんは現役を辞めたばかりで元気だから、手加減なし。人工芝だから今まで以上に打球は速いしね。まあ、それがよかった。結果オーライ。打球への恐怖感とかは全然なくなった」
懇切丁寧な指導があったわけではない。
「僕が長嶋さんの立場で、選手のコンバートをして、全然経験のない外野手に内野をさせるなら教える。『いいか高田、構えはこうして、グラブの使い方はこうして、こう捕って、フットワークはこうして』って。長嶋さんは一切ないから。もうバンバン打ってきてね」
今だからこそ、笑って話すことができる。
コンバートによって高田さんは選手としてよみがえった。本職の三塁手を差し置いて、史上初、現在でも3人しかいない内外野でのダイヤモンドグラブ賞を受賞。打撃面でも、キャリアハイの打率・305をマーク。前年最下位だったチームの優勝に攻守において貢献した。
受賞については「おまけだよ。素人の選手が外野から内野に来てよくやってるよねって感じで」と謙遜したが、新たなポジションへの挑戦が相乗効果を生んでいた。
「いい意味で集中力がすごかった。ずっと試合に入り込んでいた」
経験はのちに別の形でも生きた。
「自分がGM、監督をやってる時に、何人かの選手をコンバートしたけど、言えるのは、逃げ道があったら絶対に成功しないってこと。後がないところまでやらないと。俺はそこだったから。やるなら死に物狂いでやらなきゃだめ。選手のためだけ、チームのためだけだったらあかん。両方そろわないと絶対、成功しない」
高田さんだからこそ語れる、重みのある言葉だった。
長嶋監督がセオリーや常識にとらわれない勝負師であることを、身をもって確信するにも至った。
「俺のコンバートについて、長嶋さんは周囲からいろんなことを言われていた。『何、考えてんだ、経験のない高田をなんで三塁に持っていくんだ』なんてね」
失敗すれば、批判がさらに高まるのは火を見るよりも明らかだった。
「普通だったらできない。いろんなことを考えるよ。でも、あの人は怖がらないんだ。覚悟してやってる。誰彼構わずやらしてるわけじゃない。感性というのかな。周りにとらわれることなく、初めてやる人、だからすごい」
高田さんの分析は興味深い。
「後付けかも分からんけど、長嶋さんは『高田は(外野で)内野手と同じように、1球ずつ構えて同じようにスタートしてたから、やれると思った』って言っていた」
長嶋監督でなければ、外野の名手である高田さんを内野にコンバートする発想も選択もなかった。高田さんでなければ、前代未聞のコンバートを成功させることもできなかった。
「一大転機だった。張本さんが来て、三塁にコンバートされて、プロとしてやれるかどうかというのを乗り切って、5年間やれた。長嶋さんのおかげで完全燃焼したからね。もう辞めます、燃え尽きましたっていうぐらいまでやれた」
激動のコンバート。そこから始まった新たなプロ野球人生。高田さんはすがすがしい表情を見せた。
(デイリースポーツ・若林みどり)
高田 繁(たかだ・しげる)1945年7月24日生まれ、79歳。大阪府出身。右投げ右打ち。外野手、三塁手。浪商高から明大に進み、67年に巨人からドラフト1位で指名され入団。1年目からレギュラーとして活躍し、68年は新人王と日本シリーズMVPに選ばれた。堅守、巧打、俊足でV9に貢献、71年には盗塁王を獲得した。76年には三塁手にコンバートされた。80年に現役を引退し、85年から日本ハムの監督を務めた。退任後は巨人のヘッドコーチなどを歴任、05年に日本ハムのGMに就任。08年からヤクルト監督、11年からはDeNAの初代GMを務めた。





